受用院|練馬区練馬にある浄土宗寺院

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田島山受用院|練馬十一ヶ寺の一

受用院の概要

浄土宗寺院の受用院は、練馬十一ヶ寺の一です。寛永3年(1626)に浄蓮社清誉円授和尚が、田島山誓願寺の塔頭として創建したといいます。関東大震災後当地へ移転しました。

受用院
受用院の概要
山号 田島山
院号 受用院
寺号 -
住所 練馬区練馬4-26-19
本尊 阿弥陀如来
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 檀家の方、入檀する方のみ
備考 -



受用院の縁起

受用院は、寛永3年(1626)に浄蓮社清誉円授和尚が、田島山誓願寺の塔頭として創建したといいます。関東大震災後当地へ移転しました。

御府内寺社備考による受用院の縁起

受用院、境内270坪8合8勺6才
寛永年中建立与申事二御座候得共、委細相分り不申候。
開祖浄蓮社清誉円授和尚、慶安2己丑年3月12日寂。
本尊阿弥陀如来立像、内仏阿弥陀如来(御府内寺社備考田島山田島山誓願寺項より)


受用院所蔵の文化財

  • 池永道隆墓(東京都指定文化財・練馬区登録文化財)

池永道隆墓

江戸中期の書道家。特に篆刻をもって広く知られた。名は栄春といい、号は一峯、別に市隠・山雲水月主人の号がある。本姓は新山氏、道雲は通称である。延宝2年(1674)江戸の商人の家に生まれた。書において一家をなし、篆刻は黄道謙に学び「一刀萬象三巻」を著して、わが国印譜の先駆をなした。著書は「篆海」「篆髄」「間窓楽事」など十八種五十余巻に及ぶ。元文2年(1737)7月19日62歳で没した。はじめ浅草田島山誓願寺の塔頭受用院に葬られたが、震災後の区画整理で改葬され現在地に移転した。(東京都教育委員会練馬区教育委員会掲示より)


受用院の周辺図

参考資料

  • 御府内寺社備考
  • 練馬の寺院(練馬区教育委員会)