久木神社。逗子市久木の神社

猫の足あとによる神奈川県寺社案内

久木神社。旧称稲荷社、柏原明神社と合併

久木神社の概要

久木神社は、逗子市久木にある熊野神社です。久木神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には稲荷社と称して久野谷村で祀られていたといいます。明治維新後の社格制定に際し明治6年村社に列格、明治15年柏原明神社(旧子ノ神)と合併し、稲荷神社と改称、昭和45年久木神社と改称しています。

久木神社
久木神社の概要
社号 久木神社
祭神 宇迦之御魂命
相殿 -
境内社 草分稲荷
祭日 例大祭8月2日
住所 逗子市久木6-2-39
備考 -



久木神社の由緒

久木神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には稲荷社と称して久野谷村で祀られていたといいます。明治維新後の社格制定に際し明治6年村社に列格、明治15年柏原明神社(旧子ノ神)と合併し、稲荷神社と改称、昭和45年久木神社と改称しています。

新編相模国風土記稿による久木神社の由緒

(久野谷村)
稲荷社
妙光寺持、
(柏原村)
柏原明神社
村の鎮守なり、古は子ノ神と號せしが元禄中今の神號に改む、例祭九月十七日村持、
△棍柏。圍四尺神木なり(新編相模国風土記稿より)

神奈川県神社名鑑による久木神社の由緒

当所は昔、久野谷村と柏原村に分れていたが、明治七年二村が合併して久木村となった。久野谷村には稲荷社、柏原村には柏原明神社が、それぞれ村の鎮守であった。
『相模風土記』に「稲荷社妙光寺持」とあり、享和二年(一八〇二)には総鎮守として再建された記録があり、また文政八年(一八二五)書上帳に「柏原明神社、村の鎮守なり、古は子の神と号せしが、元禄年中(一六八八~一七〇三)今の神号に改む」とあり、ともに古社であったが、明治維新の神仏分離により稲荷社は妙光寺の管理を離れ、久木村の鎮守として明治六年村社に列格され、明治十五年両社合併して稲荷神社と称した。眠和十九年十一月神饌幣帛料供進神社に指定された。昭和四十五年七月久木神社と改称した。(神奈川県神社名鑑より)


久木神社の周辺図


参考資料

  • 新編相模国風土記稿