真蔵院|江戸川区東葛西にある真言宗豊山派寺院

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海松山真蔵院|家宝の霊剣を祀る宝殿として戦国時代創建、雷不動・波切り不動、葛西大師めぐり13番

真蔵院の概要

真言宗豊山派寺院の真蔵院は、海松山と号します。創建年代は不詳ですが、当地の鈴木氏が家宝の霊剣を祀る宝殿を建て、天文年間(1532-1554)に創建したと伝えられます。平素より不動明王を信仰していたところ、ある時不動明王が当寺に来り安置したものの、他所へしばしば出亡、また、永禄年間の雷雨の際には霊剣が宝殿から庭に出て雷・悪魔を降伏させた状況の如くであったことからこの不動明王を雷不動波切り不動と呼ぶようになったといいます。江戸時代には多くの参詣があり、新川河口南岸の中川合流地点(東葛西1-48-16先の路上)には雷不動明王真蔵院への道標も建てられていました。

真蔵院
真蔵院の概要
山号 海松山
院号 真蔵院
寺号 -
住所 江戸川区東葛西4-38-9
本尊 木造不動明王立像
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 葛西大師めぐり13番



真蔵院の縁起

真蔵院の創建年代は不詳ですが、当地の鈴木氏が家宝の霊剣を祀る宝殿を建て、天文年間(1532-1554)に創建したと伝えられます。平素より不動明王を信仰していたところ、ある時不動明王が当寺に来り安置したものの、他所へしばしば出亡、また、永禄年間の雷雨の際には霊剣が宝殿から庭に出て雷・悪魔を降伏させた状況の如くであったことからこの不動明王を雷不動波切り不動と呼ぶようになったといいます。

新編武蔵風土記稿による真蔵院の縁起

真蔵院
新義真言宗、下小岩村善養寺末。海松山と号す。中興の僧を教典(或作傳)と云。元文5年3月25日化す。本尊不動を安ず。これを雷除不動と唱ふ。縁起によるに、後柏原院の御宇鈴木氏なるもの当村に住し、霊剣を家蔵して家極て貧困なりしかば、霊剣の守護ををろそかなる祟にもやといて其霊剣なるを欺し、寶殿をここに建て安置し、一寺を闢て真蔵院と云。かくてこの僧平生不動を信仰せしが、或夜一人の山伏不動の像を負来ると夢見、覚て後この不動の像傍にあり。悦でこれを取挙るに像背に羯摩の二字あり。又この像しばしば他所へ出亡せしかば、扉を閉て正五九月のみ開扉せり。又永禄の事震雷烈風あり、佛殿大に鳴動して止す。怪みて是を見るに寶剣箱より踊出る事半なり、庭上には血流れて宛も屠所の如し。是偏に本尊の悪魔を降伏し賜へるものならん、夫より邑を字して雷といひ、尊を雷不動と称し、今に此処に雷の落る事なしといへり。
寺寶。太刀二腰、一は往古よりありしものにて前に弁ぜし所の太刀なり、一は天明2年境内松根堀出せしものといふ。
鐘楼。寛文5年鋳造の鐘をかく。(新編武蔵風土記稿より)

「江戸川区の文化財」による真蔵院の縁起

葛西地区に雷(いかずち)という地名があるが、これは真蔵院の「雷除け不動」から名づけられたものといわれている。この不動尊は「波切り不動」ともいわれて土地の人から多くの信仰を集めてきた。
真蔵院は、真言宗で海松山と号し、天文年間(1532-1555)に空誉上人が閉山したものという。境内には「乾海苔創業記念碑」があり、南側には香取神社と富士塚がある。また当寺には古くから「雷の大般若」(区指定無形民俗文化財)の行事が行われている。乙れは大般若波羅密陀経の威徳をあらわす悪魔払いの行事で、毎年2月27日を中心とした日曜日に行われている。
乾海苔創業記念碑
葛西海苔の歴史は古く、江戸時代からすでに始められていたが、明治に入って東宇喜田村の森興昌が、佐久間七郎兵衛らと相謀って乾海苔の製造の有利を唱え、東奔西走の末、明治19年(1886)東京府から海苔採取場の認可をうけてから急に盛んになった。この記念碑は明治43年(1910)に土地の関係者によって、森興昌等の功績をたたえたものである。(「江戸川区の文化財」より)

江戸川区教育委員会掲示による真蔵院の縁起

真蔵院(雷不動)
天文年間(1532-1554)の創建と伝える旧東宇喜田村の古刹で、真言宗豊山派、海松山と号します。本尊には木造不動明王立像をまつっています。(江戸川区教育委員会掲示より)

波切り不動と雷不動と呼ばれる由来

波切り不動と雷不動
葛西沖でしけにあった漁師が、この寺の松にいた竜の発する光で助けられ、残された剣を不動にそなえたことから波切り不動、その不動が大雷雨のときに雷を退治したことから雷不動と呼ばれたと伝えられています。(江戸川区教育委員会掲示より)

真蔵院所蔵の文化財

  • 青面金剛像庚申塔(元禄11年銘)(江戸川区有形民俗文化財)
  • 雷不動明王石造道標(江戸川区登録有形文化財)
  • 雷の大般若祭(江戸川区無形民俗文化財)
  • 葛西大師まいり(江戸川区無形民俗文化財)

観音菩薩像庚申塔(寛文8年銘)

旧東宇喜田村の庚申講中によって、元禄11年(1698)に建てられた庚申塔で、悪疫を退治する青面金剛を中心に、二童子、四夜叉を配した江戸時代の典型的なものです。文化2年(1805)に修復されたものと思われます。(江戸川区教育委員会掲示より)

雷不動明王石造道標(江戸川区登録有形文化財)

真蔵院の本尊、木造不動明王立像は「波切不動」あるいは「雷不動」と呼ばれ、多くの参詣者を集めました。
この道標は「雷不動」に行くための道しるべで、文政元年(1818)に建立(再建)されました。
新川河口南岸(東葛西1-48-16先の路上)にありましたが、平成3年4月に倒壊したため、修復してこの地に移設しました。
この道標には、新川の曳船のとも綱をかけた跡が残っています。(江戸川区教育委員会掲示より)

真蔵院の周辺図