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光明山荘厳寺|渋谷区本町にある真言宗室生寺派寺院、幡ヶ谷不動尊

荘厳寺の概要

真言宗室生寺派寺院の荘厳寺は、光明山真言院と号します。宥悦(天文2年1533寂)が開山となり、創建したといいます。当寺不動堂の本尊不動明王立像は、智證大師が三井寺を創建した際に彫刻、東大和市三光院より当寺へ安置したものと伝えられ、幡ヶ谷不動尊として信仰を集めています。また当寺大師堂は、御府内八十八ヶ所霊場11番となっています。

荘厳寺
荘厳寺の概要
山号 光明山
院号 真言院
寺号 荘厳寺
住所 渋谷区本町2-44-3
本尊 薬師如来像
宗派 真言宗室生寺派
葬儀・墓地 -
備考 幡ヶ谷氷川神社の旧別当寺、幡ヶ谷不動尊


※御朱印画像はいけみずさんよりの寄贈


荘厳寺の縁起

荘厳寺は、宥悦(天文2年1533寂)が開山となり、創建したといいます。当寺不動堂の本尊不動明王立像は、智證大師が三井寺を創建した際に彫刻、東大和市三光院より当寺へ安置したものと伝えられ、幡ヶ谷不動尊として信仰を集めています。また当寺大師堂は、御府内八十八ヶ所霊場11番となっています。

新編武蔵風土記稿による荘厳寺の縁起

荘厳寺
新義真言宗、江戸大塚護国寺末光明山真言院と号す。開山宥悦、天文2年5月15日寂。本尊薬師。
不動堂
木佛立像長3尺3寸、智證大師作。縁起に云、智證大師三井寺開基の時、自此不動を彫刻して彼等の本尊とせしか、天慶2年平貞盛、藤原秀郷等平将門追討の時、秀郷此不動に新誓をこめ、陣中まで守り行て渇仰怠り無く、果して勝利を得たりしかは、凱陣の後下野国小山の郷に安置せり其後遥星霜を経て、永禄年中武田信玄甲州七覚山邉に移して崇敬せしを、北条氏政奪取て、相州筑井縣地勝院に納む、然るに天正18年北条氏没落の後、東照宮代々の武将崇敬ありし像なる事を聞し召れて、多磨郡宅部郡三光院に移し給ひ、延享4年9月霊夢の告ありて当寺に安置すと云ふ。
稲荷社(新編武蔵風土記稿より)


荘厳寺所蔵の文化財

  • 道しるべ(渋谷区指定有形文化財)

道しるべ

門内左手にある常夜燈は、現在の環状六号線と甲州街道の交差点付近にありましたが、道路工事のためここに移されました。
この常夜燈は、嘉永3年(1850)に建てられたもので、台石中段には幡ヶ谷の荘厳寺、十二社の熊野神社大宮八幡宮井の頭弁財天への道のりが刻まれていて、道しるべの一種であったことがわかります。それによると当地の人はもとより江戸市中の各地、遠くは神奈川県在住の人びとによって造立されたこともわかります。
また、墓地への通路の左側に、俳人松尾芭蕉の
暮おそき 四谷過ぎけり 紙草履
という句を刻んだ碑があることなどから、江戸時代には市中からこのあたりまで、人の往来がかなり多かったと思われます。(渋谷区教育委員会掲示より)


荘厳寺の周辺図