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井の頭弁財天|三鷹市井の頭の観光名所

井の頭弁財天の概要

井の頭弁財天は、三鷹市井の頭にある観光名所です。井の頭弁財天は、源頼朝が平家追討の祈願成就に感謝して建久8年(1197)建立、新田義貞が鎌倉幕府討伐の対陣の際にも祈願したといい、大盛寺が別当寺を勤めているといいます。

井の頭弁財天
井の頭弁財天の概要
名称 井の頭弁財天
みどころ 名所・旧跡、井の頭公園一帯
住所 三鷹市井の頭4-1
管理者 大盛寺
備考 -



井の頭弁財天の由緒

井の頭弁財天は、源頼朝が平家追討の祈願成就に感謝して建久8年(1197)建立、新田義貞が鎌倉幕府討伐の対陣の際にも祈願したといい、大盛寺が別当寺を勤めているといいます。

新編武蔵風土記稿による井の頭弁財天の由緒

(吉祥寺村)弁財天社
除地、一町、井ノ頭池の内にあり。縁起に云、当社は建久八年源頼朝平家追討の祈願に因て、建立せし所にて、其後正慶二年新田義貞鎌倉方と対陣の時も、祈誓ありてついに北条高時を亡せしとぞ。本社六尺司法、拝殿四間に二間、南に向ふ。神体は立像にて長七尺許、石橋二ヵ所あり。一は本社の正面にあり。長三間、幅六尺、一は本社の西の方にあり。長六尺、幅三尺許。社前に鳥居をたつ。又傍に大黒天の石像を置り。当社は無礼大盛寺持なり。
聖天社
本社の西の方にあり九尺二間東に向ふ。(新編武蔵風土記稿より)

「三鷹市史」による井の頭弁財天の由緒

弁才天=池中の小島にある弁才天は縁起によると、天慶年中(九三八-九四六)源経基が伝教大師作の天女像を祀ったことにはじまる。古く源氏の諸将、鎌倉時代の新田義貞、近世にはいって徳川家康、家光などの事跡が伝えられ、神田上水の水源として江戸町民の信仰対象となり行楽の地ともなった。寛永一三年(一六三六)家光の命によって建立された社殿は大正一二年関東震災に大破し、翌一三年火災のため焼失した。現在の社殿は昭和二年に再建したもの。大盛寺に属している。(「三鷹市史」より)


井の頭弁財天の周辺図

参考資料