外川神社|横浜市保土ケ谷区瀬戸ヶ谷町の神社

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外川神社|羽黒山麓の外川仙人大権現を勧請

外川神社の概要

外川神社は、横浜市保土ケ谷区瀬戸ヶ谷町にある神社です。外川神社は、羽州湯殿山の講中の先達をつとめていた清宮與一が、羽黒山麓の外川仙人大権現を勧請して明治2年に創建、無格社として記載されていました。戦後の宗教法人法発布に際しては登記せず、平成6年に宗教法人として認可されています。

外川神社
外川神社の概要
社号 外川神社
祭神 日本武尊
相殿 月夜見命・大山祇命・稲倉魂命
境内社 宇賀神社、道祖神社、稲荷社
住所 横浜市保土ケ谷区瀬戸ヶ谷町196-1
祭日 -
備考 -



外川神社の由緒

外川神社は、羽州湯殿山の講中の先達をつとめていた清宮與一が、羽黒山麓の外川仙人大権現を勧請して明治2年に創建、無格社として記載されていました。戦後の宗教法人法発布に際しては登記せず、平成6年に宗教法人として認可されています。

新編武蔵風土記稿による外川神社の由緒

風土記稿編纂時未創建のため記載なし(新編武蔵風土記稿より)

「神奈川県神社誌」による外川神社の由緒

編纂時神社本庁包括の宗教法人でなかったため記載なし。(「神奈川県神社誌」より)

境内掲示による外川神社の由緒

外川神社は、保土ヶ谷宿内の羽州湯殿山の講中の先達であった清宮與一が、湯殿・月山・羽黒の三山の霊場を参拝し、明治二年この地に羽黒山麓の外川仙人大権現の分霊を勧請したもので、以来、小児の虫封じ、航海安全に利益があるとされてまいりました。
明治初年、神仏分離令の発布によって祭神を日本武尊とし、外川神社と改称しました。
そして平成六年九月十三日、今井川河川改修工事にともない無格社外川神社は宗教法人として認可され現在にいたしました。(境内掲示より)


「横浜市史稿 神社編」による外川神社の由緒

外川神社は、保土ヶ谷区岩間町二、三四五番地に在る。境内は五二〇坪。 古来、保土ヶ谷宿の内に羽州湯殿山の講中があつて、明治二年に、講中の先達の清宮興一なる者が、湯殿・月山・羽黒の三山の霊場を参拝の際に、羽黒山麓の外川仙人大権現の分靈を勧請して来て、自己の所有地内即ち今の處に奉祀し、外川仙人大権現と称したものであるので、その神驗顯著で、殊に小児の蟲封や航海の安全に利益があつたとして、遠近から参詣する者が夥しくなったが、神仏分離令の發布されたときに、日本武尊を祭神と定めて、社名を外川神社と改稱したのである。東海道の汽車敷設の際には、宿の内に在つた道祖神・稲荷社等を境内に奉遷して祭祀した。
祭神 日本武尊で、月夜見命・大山祇命・稲倉魂命を配祀する。
本殿(桁行九尺、梁間七尺五寸)は銅葺、流れ造。拝殿(桁行十五尺、梁間十二尺)は銅葺、入母屋造、唐様花頭窓を設けてある。
境内神社に左の三社がある。
宇賀神社。祭神は宇賀御魂命。社殿(桁行六尺、梁間四尺)は亜鉛葺。由緒は不詳。
道祖神社。祭神は道臣命。社殿(桁行九尺、梁間九尺)は草葺。由緒は不詳。
稲荷社。社殿は(桁行三尺、梁間三尺) 小祠。
附属建物には 木造神明形鳥居一基・水屋手水鉢一箇・石灯籠一對 神楽殿(桁行二間半、梁間二間半、亜鉛葺)一棟・社務所(桁行二間半、梁間三間半、亜鉛葺)一棟がある。
例祭は七月十七日。(新編武蔵風土記稿より)

外川神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「神奈川県神社誌」