袋神社。鴻巣市袋の神社

猫の足あとによる埼玉県寺社案内

袋神社。旧女体社に氷川社・稲荷社を合祀

袋神社の概要

袋神社は、鴻巣市袋にある神社です。袋神社の創建年代等は不詳ながら、遅くとも慶安年間(1648-1652)の「田園簿」に袋村が記載されており、また江戸期に別当を務めていた女体山西福寺は元和8年(1622)に開山していることから、江戸時代初期には既に「女体社」として祀られていたとされます。明治維新後の社格制定に際し明治5年村社に列格、明治45年地内の諸社を合祀、大正2年袋神社と改称しています。

袋神社
袋神社の概要
社号 袋神社
祭神 稲田姫命
相殿 -
境内社 宇賀神、雷神、天満天神、塞神
祭日 夏祭り7月15日
住所 鴻巣市袋247
備考 -



袋神社の由緒

袋神社の創建年代等は不詳ながら、遅くとも慶安年間(1648-1652)の「田園簿」に袋村が記載されており、また江戸期に別当を務めていた女体山西福寺は元和8年(1622)に開山していることから、江戸時代初期には既に「女体社」として祀られていたとされます。明治維新後の社格制定に際し明治5年村社に列格、明治45年地内の諸社を合祀、大正2年袋神社と改称しています。

新編武蔵風土記稿による袋神社の由緒

(袋村)
女体社
村の鎮守なり。祭神は稲田姫命。西福寺持。
末社、弁天。
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諏訪社
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稲荷社
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雷電社
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天神社
以上五社、西福寺持。
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(袋新田)
氷川社
村内の鎮守なり。円福寺の持(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による袋神社の由緒

袋神社<吹上町袋二四八(袋字道上)>
当地は元荒川が北へ流れを変える部分の西側に位置する。地名は元荒川が大きく蛇行して袋状になっていることに由来する。村の開発の年代は明らかでないが、慶安二-三年(一六四九-五〇)の『田園簿』には一村として載る。また『元禄郷帳』には当村とは別に袋新田が見え、元禄十五年(一七〇二)以前に当村から分村したことがわかる。
当社は、元は女体社と称していた。その創建の年代は明らかでないが、境内にある最も古い石造物は「奉寄進石燈籠 宝永五戊子年(一七〇八)十月日施主村中」と刻まれる社前の灯籠である。『風土記稿』袋村の項を見ると、村内の神社について「女体社 村の鎮守なり、祭神は稲田姫命、西福寺持、末社辨天〇諏訪社〇稲荷社〇雷雷社〇天神社 以上五社西福寺持」と記されている。これら各社の別当であった西福寺は、当社の南西五〇〇Mほどの所に堂を構える真言宗の寺院で、女体山阿弥陀院と号する。寺伝によれば、天正年間(一五七三-九二)のころ、指田三郎左衛門の地所に墓地を設け、その中に阿弥陀堂を建立した。その後、慶長十八年(一六二ニ)法印秀海の求めに応じて、その地に不動明王を本尊とする本堂を建立した。
神仏分離を経て当社は明治五年に村社となり、同四十五年には字道上の諏訪神社、字前屋敷の伊奈利神社と氷川神社、字台の雷神社と天神社の計五社の無格社を合祀し、大正二年に社号を袋神社と改めた。(埼玉県神社庁「埼玉の神社」より)


袋神社の周辺図