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高田氷川神社|豊島区高田の神社、下高田村の鎮守、男体の宮、御奉射祭

高田氷川神社の概要

高田氷川神社の創建年代は不詳ですが、江戸時代には下高田村の鎮守、氷川大明神として崇敬を集めていました。また、主神が素盞嗚命であることから、奇稲田姫命を主神とする下落合氷川神社と対にして夫婦の宮のうちの「男体の宮」とも呼ばれていました。

高田氷川神社
高田氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚命
相殿 奇稲田姫命・大巳貴命(大国主命)
境内社 神明神社・高田姫稲荷神社・道祖神社
住所 豊島区高田2-2-18
祭日 御奉射祭成人の日、例祭日9月10日に近い土・日
備考 下高田村鎮守、男体の宮



高田氷川神社の由緒

高田氷川神社の創建年代は不詳ですが、江戸時代には下高田村の鎮守、氷川大明神として崇敬を集めていました。また、主神が素盞嗚命であることから、奇稲田姫命を主神とする下落合氷川神社と対にして夫婦の宮のうちの「男体の宮」とも呼ばれていました。

新編武蔵風土記稿による高田氷川神社の由緒

(下高田村)氷川社
村ノ鎮守ナり。南蔵院持。在原業平ヲ祀ルト云。
神楽堂。
末社。稲荷、第六天。(新編武蔵風土記稿下高田村項より)

東京都神社名鑑による高田氷川神社の由緒

氷川神社
旧高田村の鎮守社で創立年代は古い。長く仏寺による別当制によった。明治二年純然たる神社になった。しかし戦災のため一宇を残さず焼失、復興するには骨が折れた。現在、境内整備等に専念している。(東京都神社名鑑より)

豊島区教育委員会掲示による高田氷川神社の由緒

氷川神社の創建は、武蔵国一宮の氷川神社を当地に分霊したことに始まるといわれる。祭神は、素盞嗚命・奇稲田姫命・大巳貴命(大国主命)の三柱で、平安時代の歌人、在原業平(六歌仙の一人)も参拝したと伝えられる。
「江戸名所図会」(天保5・1834年刊)などの地誌によれば、当神社は、江戸時代には氷川大明神と呼ばれ、下高田村(豊島区高田・雑司ヶ谷・目白・文京区目白台)の総鎮守として信仰を集めていた。
また、当神社の主神が素盞嗚命であることから、俗に「男体の宮」といわれ、奇稲田姫命を主神とする落合村(新宿区下落合)の下落合氷川神社の「女体の宮」と合わせて、「夫婦の宮」と呼ばれていたという。
明治時代には氷川神社と改称し、第二次世界大戦中には、昭和20年4月13日の空襲により、境内の建物と宝物の大半が焼失した。現在の社殿は昭和29年に再建されたもので、境内には神明神社・高田姫稲荷神社・道祖神社も祀られている。
毎年正月には、弓矢で的を射って災難除けを祈願する「御奉射祭(おびしゃさい)」が江戸時代より行われ、現在は成人の日に執行している。
なお、寛政2年(1790)に鳥羽藩主稲垣対馬守が寄進した鳥居・狛犬(文化4・1807年奉納)、石燈籠(明治11・1878年奉納)、玉垣が、平成3年(1991)に豊島区登録文化財となった。(豊島区教育委員会掲示より)


高田氷川神社所蔵の文化財

  • 鳥居・狛犬(文化4・1807年奉納)(豊島区登録文化財)
  • 石燈籠(明治11・1878年奉納)(豊島区登録文化財)
  • 玉垣(豊島区登録文化財)

高田氷川神社の周辺図

関連資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑



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