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南平熊野神社|日野市南平の神社

南平熊野神社の概要

南平熊野神社は、日野市南平にある神社です。南平熊野神社の創建年代等は不詳ながら、永禄年間(1558-1570)の書に平山と平村との間に熊野堂山があると記載があったということから、永禄年間には熊野社が祀られていたと考えられます。江戸時代後期には、社領7石5斗の御朱印状を南平八坂神社と共に寄附されいたといいます。昭和47年の台風により、翌年熊野堂谷戸から当地へ遷座したといいます。

南平熊野神社
南平熊野神社の概要
社号 熊野神社
祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命
相殿 -
境内社 蚕影神社
住所 日野市南平8-11-19
祭日 -
備考 -



南平熊野神社の由緒

南平熊野神社の創建年代等は不詳ながら、永禄年間(1558-1570)の書に平山と平村との間に熊野堂山があると記載があったということから、永禄年間には熊野社が祀られていたと考えられます。江戸時代後期には、社領7石5斗の御朱印状を南平八坂神社と共に寄附されいたといいます。昭和47年の台風により、翌年熊野堂谷戸から当地へ遷座したといいます。

新編武蔵風土記稿による南平熊野神社の由緒

(平村)熊野社
社地、十坪、村の西南の方山上にあり、小祠なり永禄の比しるせしものに、平山と平村との間に熊野堂山と云あり、このところのことなるべし。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による南平熊野神社の由緒

創建の年代は不詳である。棟札に明和九年(一七七三)に再建とある。もと熊野堂の谷戸に奉斎したが、昭和四十七年の台風の被害にあい、裏山崩潰の危険のため社殿を四十八年八月現在地に遷座したのである。(東京都神社名鑑より)

日野市史による南平熊野神社の由緒

創建については明らかでないが、『新編武蔵風土記稿』に、「永禄ノ比(一五五八~一五七〇)シルセシモノ二、平山ト平村トノ間こ、熊野堂山ト云アリ、コノトコロナルへシ、」とあり、そのころ既に小社ながら熊野権現が祀られていたことを示唆する。現社地の東方山中に「クマンドウ」の小名があった。熊野行者の庵室の跡と伝えられたが、第二次大戦後このあたりに団地ができた際埋没した。
現在の社殿は、もと背後の山上にあったが、昭和四十七年九月の台風により社地が崩壊するおそれから、翌四十八年八月現在地に改築遷宮した。
江戸時代の別当寺は寿徳寺であった。(日野市史より)


南平熊野神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 日野市史