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墨田川七福神の案内

隅田川七福神めぐりガイド

墨田川七福神は、向島百花園を開いた佐原鞠鵜が文人と始めたといわれています。元旦から七草(七日)までの開帳している期間にお参りをし、各寺社で各各の神様のご分体(400円)を購入して、それと宝舟(1000円)に乗せて、七福神巡りの印として、家庭で祀るのが本来の方法です

ただ、各寺社では無料でスタンプを押印できるので、スタンプ用の色紙を購入してスタンプを記念にするのもよいでしょう(向島百花園は入園料150円が必要です)

隅田川七福神一覧

隅田川七福神は、隅田川沿いにほぼ一直線に並んでいるので、浅草そばの三囲神社、或いは東武線鐘ヶ淵駅近くの多聞寺からスタートするのが一般的です。途中、長命寺近くの長命寺桜もちや言問団子で休息することも、白髭神社近くのレストランカタヤマでステーキランチを食べるのもお勧めですが、全行程3キロ程度ですので2時間ほどのお散歩になります

多聞寺 毘沙門天 墨田区墨田5-31-13
白髭神社 寿老神 墨田区向島5-5-22
向島百花園 福禄寿尊 墨田区向島5-1-14(ふだんは白髭神社に祀ってある)
長命寺 弁財天 墨田区墨田3-10-2
弘福寺 布袋尊 墨田区向島5-3-2
三囲神社 大国神 墨田区向島2-5-17
三囲神社 恵比寿神 墨田区向島2-5-17

隅田川七福神の各神

多聞寺の毘沙門天

本尊の毘沙門天は弘法大師の作と伝えられる。昔、村人達は本堂の前に住む狸の悪戯に悩んでいた。その村人を毘沙門天門下の禅尼師童子が狸を懲らしめ救ったという伝説が伝わる(隅田川七福神 参拝の案内より)

白髭神社の寿老神

祭神の猿田彦命は、道案内の守り神ということから、お客を案内する千客万来、商売繁盛の信仰が生まれる。
隅田川七福神の中でなかなか見つからなかった寿老人を、白い髭の長寿として白髭大明神にあてたことから「神」としている(隅田川七福神 参拝の案内より)

向島百花園の福禄寿尊

文化元年(1804)に開かれた百花園に集まる江戸の町民文化を代表する文化人達の発案で隅田川七福神巡りが始まった。
福禄寿尊像は、開祖佐原佐原鞠鵜が百花園の草花にちなみ、本草の神として愛蔵し信仰していたもの(隅田川七福神 参拝の案内より)

長命寺の弁財天

三大将軍家光が、鷹狩り途中の腹痛を、寺内の井戸水で薬を服用し快癒したことから、長命水の名をいただき、寺号も長命寺とした。
弁財天は河(水)の神ということから蛇がお使いとして選ばれ、巳の日に参拝する風習が生まれた(隅田川七福神 参拝の案内より)

弘福寺の布袋尊

黄檗宗で中国風の特色を持つ禅宗建物。布袋尊は七福神の中で唯一実在した中国の禅僧で弥勒の化身と言われる。
咳の爺婆尊像は、風外和尚が修行中、両親を偲び刻んだもので、風外の石像だから風にも強かろうと風邪除けの信仰を集めた(隅田川七福神 参拝の案内より)

大国神・恵比寿神の三囲神社

三井寺の僧源慶が弘法大師債権の由来を持つ荒れた祠を再建したとき、出土した神像の周りを、白狐が現れ三回巡り、消え去ったことから「みめぐり」の名が起こったとされる。大国神・恵比寿神は越後屋(現三越)にまつられていたもの(隅田川七福神 参拝の案内より)

墨田区登録無形民俗文化財に指定されている隅田川七福神

正月に福の神をめぐって幸せを願う習慣は、江戸時代に大いに流行った民間信仰のひとつです。文化年間、百花園主の佐原鞠塢が所有していた福禄寿像から始まった行程づくりはみごとに墨堤に点在する寺社を結び付け、江戸一番の七福神めぐりが出来上がりました。北から毘沙門天(多聞寺)、寿老神(白鬚神社)(そのものがご神体なので寿老人ではなく、寿老神)、福禄寿(向島百花園)、弁財天(長命寺)、布袋尊(弘福寺)、恵比寿・大国神(三囲神社)の順に点在しています。
明治時代には、向島の人々が榎本武揚ら著名人を巻き込んで隅田川七福会を結成し、一巡り約4キロメートルの現在のコースを作り上げました。元旦から七草までの間、多聞寺から三囲神社まで(あるいは三囲神社から多聞寺まで)6ヶ所を順にまわるものです。
下町情緒を味わい、初春の隅田川を眺め、桜餅やだんごなどの名物をほおばるという七福神めぐりは、人々に憩いと安らぎを与える年頭最高のレクリエーションといえます。(墨田区教育委員会)

隅田川七福神以外の七福神巡り



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