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愛染院|練馬区春日町にある真言宗豊山派寺院

愛染院の概要

真言宗豊山派の愛染院は、練月山愛染院観音寺と号し、永享9年(1437)能円坊尊岳が尾崎(現春日小学校付近)に開山、寛永年間(1624-1644)に権大僧都尊智によって当地へ移転しました。江戸時代には12石1斗の朱印地を拝領した御朱印寺で、若宮八幡(現高松八幡神社、8石の朱印地を拝領)の別当を勤めていました。第17世亮意は豊島八十八ヶ所霊場を開いています。豊島八十八ヶ所霊場26番札所です。

愛染院
愛染院の概要
山号 練月山
院号 愛染院
寺号 観音寺
住所 練馬区春日町4-17-1
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 愛染院会館
備考 豊島八十八ヶ所霊場26番札所



愛染院の縁起

愛染院は、永享9年(1437)能円坊尊岳が尾崎(現春日小学校付近)に開山、寛永年間(1624-1644)に権大僧都尊智によって当地へ移転しました。江戸時代には12石1斗の朱印地を拝領した御朱印寺で、若宮八幡(現高松八幡神社、8石の朱印地を拝領)の別当を勤めていました。第17世亮意は豊島八十八ヶ所霊場を開いています。

練馬区教育委員会掲示による愛染院の縁起

愛染院は、練月山愛染院観音寺といい、真言宗豊山派(豊島八十八ヶ所第26番札所)の寺院で、本尊は愛染明王です。 縁起によると永享9年(1437)能円坊尊岳が尾崎の地(現在の春日小学校付近)に開いた寺で、寛永年間(1624-1644)に権大僧都尊智によって現在地に移され、中興したといわれます。
江戸時代には十二石余の朱印地がありました。慶安2年(1649)の徳川家光朱印状をはじめとして、徳川将軍家が愛染院の寺領と同寺管理の若宮八幡(現高松八幡神社)の社領八石を安堵した朱印状が残されています。
また寛政年間(1789-1801)の火災により、元禄10年(1697)の山門と元禄14年(1701)の梵鐘を残して建造物はことごとく焼失したといいます。
明治の廃仏毀釈の際、末寺の成就院(練馬区向山)、高松寺(練馬区高松)、養福寺・泉蔵院(練馬区田柄)の四ヶ寺を当寺に合併しました。境内には高松寺合併について記した明治25年(1892)の宝篋印塔があります。この他、弘法大師座像(木像)などの仏像が所蔵されており、境内には、西山稲荷祠や六地蔵(元文4年・1739)をはじめ弘法大師一千年供養塔、敷石供養碑など数多くの石造物があります。
昭和55年11月、3年の歳月を費やし本堂・大師堂・表書院・鐘楼・稲荷社・山門など諸堂伽藍が完成し、入仏落慶法要が盛大に挙行されました。(練馬区教育委員会掲示より)

「練馬の寺院」による愛染院の縁起

「新編武蔵風土記稿」に「愛染院、新義真言宗。京都御室仁和寺末。練月山観音寺ト号ス。本尊愛染ヲ安ス。中興尊智。正保3年3月24日寂ス。寺領12石1斗ノ御朱印ハ慶安2年11月17日賜ハレリ。鐘楼、元禄14年の鋳造ナリ。」と書いてある。この朱印状は、将軍家光の時のもので、「武蔵国豊島郡上練馬村若宮八幡領同所之内8石別当愛染院領於同村12石1斗余合20石1斗余」とあり、綱吉(5代)吉宗(8代)家重(9代)家治(10代)家斉(11代)家慶(12代)の朱印状とともに保存されている。
天保5年(1834)第14世慶存の手になる「練月山縁起」によれば、「能円坊住僧数代の後、権大僧都尊智は寛永年間に寺域を北中宮に移し、大伽藍を建造して練月山愛染院中興第1世と仰がれた。中興第6世盛長は当山開檀の始祖、京都御室仁和寺直末、準檀林所となった。同第10世長慶の代、寛政年間火災に罹り、元禄10年の造営に係る現在の山門唯一棟を残して其の他建造物は悉く焼失した」という。さらに追補して、中興第14世慶存は寺格を進めて檀林(仏教の学問所)となし、高祖弘法大師千年忌を行った。
明治になって廃仏毀釈の際、第15世隆阿は向山の成就院、高松の高松寺、上田柄の養福寺、中田柄の泉蔵院の四か寺を廃して合併し、末寺として中村の南蔵院、貫井の円光院、当地の寿福寺、板橋区中台の延命寺が残された。同第17世亮意は明治40年(1907)新たに豊島八十八ヶ所霊場を開き、当山を第26番札所と定めた。同18世亮通の時、仁和寺から離れて長谷寺の直末となった。そして本堂、庫裡、山門、鐘楼、長屋門等をすべて手入修繕し、起工から5か年、昭和3年(1928)11月落成、入仏供養の式を挙げた。檀徒約400人、世話人40名、惣代、委員8名と、昭和9年に記している。
建物は右にあげた物のほか境外仏堂として高松に虚空蔵堂がある。宝物、文書類等は寛政の大火で大半を失ったが、慶長3年(1598)からのものを記載した過去帳やさきにあげた朱印状などが今に残されている。大山富士街道に面して建てられた御影石の大きな門をはいると、左側に「豊島八十八ヶ所霊場第二十六番愛染院弘法大師霊場」の碑、練馬大根碑、鹿島安太郎翁顕彰碑が並び、右側には、正徳2年(1712)の「大乗妙典六十六部供養塔」がある。
いちょう並木の参道を行くとつき当たりは山門である。
境内には西山稲荷祠がある。六地蔵(元文4年1739年)や弘法大師一千年供養塔(天保8年1837年)、高松寺合併について記してある宝篋印塔(明治25年1892年)敷石供養碑(明治41年1908年)等石像物も数多い。
墓地には長谷川名主家累代の墓石をはじめ、慶長18年(1613)銘記の墓石、寛永20年(1643)の宝篋印塔、正保3年(1646)の五輪塔が見られる。(練馬の寺院より)


愛染院のもと末寺

  • 中村南蔵院
  • 貫井円光院
  • 春日町寿福寺
  • 中台延命寺
  • 向山成就院(廃寺)
  • 高松高松寺(廃寺)
  • 上田柄養福寺(廃寺)
  • 中田柄泉蔵院(廃寺)

廃寺となった高松寺について

雙林山ト号ス。本尊薬師ヲ安ス。開山栄俊延宝3年11月19日寂ス。(新編武蔵風土記稿より)

廃寺となった養福寺について

寶珠山知光院ト号ス。本尊弥陀ノ石像ヲ安ス。開山長空万冶2年3月22日寂ス。(新編武蔵風土記稿より)

廃寺となった泉蔵院について

長松山地蔵院ト号ス。本尊阿弥陀。開山宥海慶安5年4月16日寂ス。(新編武蔵風土記稿より)

廃寺となった成就院について

不動ヲ本尊トス。(新編武蔵風土記稿より)

愛染院の周辺図


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参考資料
  • 練馬の寺院(練馬区教育委員会)



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