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高松八幡神社|練馬区高松の神社、上練馬村鎮守

高松八幡神社の概要

高松八幡神社は、練馬区高松にある八幡神社です。高松八幡神社の創建年代は不詳ですが、康平7年(1064)源頼義が前九年の役後、当地に社殿を建て戦勝に感謝して八幡宮を創建したと伝えられます。鎌倉街道の南にある鷺宮八幡神社が先に創建され、後北側に位置する当地に当社が創建されたので、鷺宮八幡神社に対して若宮八幡宮と呼ばれました。

高松八幡神社
高松八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 須佐之男命
相殿 -
境内社 熊野神社、稲荷神社、高木神社、須賀神社、春日神社、御嶽神社、天神社
例大祭 9月15日
住所 練馬区高松1-16-2
備考 上練馬村鎮守、村社、旧別当寺:愛染院



高松八幡神社の由緒

高松八幡神社の創建年代は不詳ですが、康平7年(1064)源頼義が前九年の役後、当地に社殿を建て戦勝に感謝して八幡宮を創建したと伝えられます。鎌倉街道の南にある鷺宮八幡神社が先に創建され、後北側に位置する当地に当社が創建されたので、鷺宮八幡神社に対して若宮八幡宮と呼ばれました。

「練馬の神社」による高松八幡神社の由緒

「新編武蔵風土記稿」上練馬村の項に「八幡社、村ノ鎮守ナリ。社領8石ノ御朱印ハ、慶安2年(1649)11月17日附セラル。神明、春日ヲ合殿トス。愛染院持。」とあり、「文政4年上練馬村村方明細書上帳」では鎮守八幡宮、これより以前の「四神地名録」では若宮八幡宮と呼ばれていた。当社の創建は不詳だが、社伝によると康平7年(1064)源頼義が前九年の役後、当地に社殿を建て戦勝に感謝し、国家と源氏の興隆を祈願したのに始まると伝えている。社殿は鎌倉街道の北に面していた。先に街道の南に鷺宮八幡神社が建ち、その後、鎌倉街道の北に当社が建ったので鷺宮八幡神社に対して若宮八幡と呼ばれていた。(現在も例大祭に掲げる大幟には若宮八幡と大書されている)明治5年(1872)11月上練馬村の村社となった。
境内で古い石造物は境内社(五社合祀)前の文化5年(1808)の水盤と石段脇にある享和3年(1803)の氏子寄進による大山大聖不動明王像従四童子像である。社殿は本殿が嘉永5年(1852)の建立、幣殿・拝殿は大正9年の改築である。昭和38年神楽殿を改築、56年には社殿の整備工事を施している。その他、明治41年の刻印のある力石、三国第一山登山記念碑(明治19年)、日露戦役紀念碑(明治39・40年)、太平洋戦碑(昭和42年)等がある。
境内には、エノキ、イヌシデ、シラカシ、ケイヤキの大樹があり、社殿の裏には平成16年に一部が環八道路になったが広い森が残っている。(「練馬の神社」より)


高松八幡神社所蔵の丈化財

  • 八幡神社の石造大山不動明王像(練馬区登録有形民俗丈化財)

八幡神社の石造大山不動明王像

神奈川県の大山を信仰する氏子たちによって、享和3年(1803)に建立された大山不動明王像です。
正面に「石坂供養大山大聖不動明王」、向かって右側面に建立年、向かって左側面には発願人の名前が刻まれています。
大山は、雨乞いの山として農村であった練馬でも崇拝されました。当地から大山に参詣する人は、氏神およびこの不動明王にお参りしてから、石神井川で身を清めて、大山詣でに出発したと伝えられています。(練馬区教育委員会掲示より)


高松八幡神社の周辺図


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参考資料
  • 「練馬の神社」(練馬区教育委員会)



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