猫の足あとによる鎌倉市の寺院、神社など鎌倉市の寺社案内 猫の足あとによる鎌倉市の寺院、神社など鎌倉市の寺社案内
猫の足あと

大巧寺。鎌倉市小町にある日蓮宗系単立寺院、安産祈願の寺

大巧寺の概要

日蓮宗系単立の大巧寺は、長慶山正覚院と号します。創建年代は不詳ですが、十二所梶原屋敷に大行寺として創建、源頼朝の祈願所だったと伝えられます。当寺で軍評定が行われ、勝利を得たことから大巧寺と改称、其後当地へ移転したといいます。妙本寺にいた日蓮聖人に帰依、日蓮宗に改め、日澄上人を開山としました。檀家を持たず、安産祈願の寺として著名です。

大巧寺
大巧寺の概要
山号 長慶山
院号 正覚院
寺号 大巧寺
本尊 産女霊神
住所 鎌倉市小町1-9-28
宗派 日蓮宗系単立
縁日 -
葬儀・墓地 -
備考 -



大巧寺の縁起

大巧寺の創建年代は不詳ですが、十二所梶原屋敷に大行寺として創建、源頼朝の祈願所だったと伝えられます。当寺で軍評定が行われ、勝利を得たことから大巧寺と改称、其後当地へ移転したといいます。妙本寺にいた日蓮聖人に帰依、日蓮宗に改め、日澄上人を開山としました。檀家を持たず、安産祈願の寺として著名です。

鎌倉市掲示による大巧寺の縁起

初め「大行寺」という名でしたが、源頼朝がこの寺で行った軍評定(作戦会議)で大勝したので、「大巧寺」に改めるようになったと伝えられています。
室町時代の終わり頃、この寺の住職の日棟上人が、難産で死んだ秋山勘解由の妻を供養して成仏させました。その後、お産で苦しむ女性を守護するために、「産女霊神」を本尊としてお祀りしました。
今も安産祈願の寺として、「おんめさま」の愛称で呼ばれ、多くの方が参詣されています。(鎌倉市掲示より)

新編相模国風土記稿による大巧寺の縁起

長慶山正覚院と号す。法華宗、古大行寺と号し、真言宗にて今唱ふる梶原屋敷の内にあり。頼朝の祈願所たり。或時此寺にて、軍評定ありて其合戦勝利を得たれば、大巧寺と改しと云。其後此地に移転し、僧日蓮妙本寺大町村に在し時当寺住職帰依して改宗し、日證を開山とし、妙本寺の院家に属せり。天文16年10月北條氏寺領一貫二百文の地を附す。所蔵文書曰、為御寄進壱貫弐百文目、調申進置候。為後日仍證文如件、天文十六丁未十月二日、大巧寺、駿河守盛昌華押。又曰、敷地之事、壱貫弐百文之分、任永正十七庚辰歳落着の旨令寄附者也仍如件、天文十六丁未十月十二日、大巧寺。
二十二年棟別銭を免許あり。曰棟別銭先年半分赦免、残所百四十三文、重而当年令免許候状如件、天文二十二年癸丑十一月十五日、鎌倉大巧寺、虎の印を押す。
天正三年二月濱名豊後守時成、鎌倉能成寺分六貫文の地を寄附す。今度三浦森崎郷永代致買得候、是偏御寺之御佛力故ト奉存候、依之先年鎌倉能成寺分、永代致買得置候、彼地夏秋六貫文之所、御寺之為修造之并僧衆之為御堪忍分、永代御寄進申候、為其買得之時分申請候、弥我等一類、子孫繁昌仕、猶以重而過分之地致買得御寺エ茂、猶又御合力をも申候様に、朝夕於御佛前可有御祈候、左様御座候ば弥御寺茂可為御繁昌者也、仍而如件、天正三乙亥年二月十七日、大巧寺御能化参、譜代旦那、濱名豊後守時成華押、此外天文二十一年六月、此地を買得せし證状あり。曰鎌倉能成寺分、山中近江屋敷の事、年貢六貫文所出置候。相可致所務者也。仍如件、天文二十一年壬子六月十六日、秀芳、又元亀元年七月、北條氏より与し、證状を蔵す。曰鎌倉能成寺分、山中近江屋敷、従秀芳前、永代買得之由、御心得被成候。仍状如件、永禄十三年庚午七月十二日、大巧寺 坊主能化、長純奉之。虎朱印。按ずるに、時成が文書に虎朱印判、其外の證文といへるは即此二通にして、寄附以前、既に寺領に寄べき意ありて、当寺への證状を申請しなるべし。
十二年二月当寺抱の敷地田畑等引替寄附あり。大道寺駿河守政繁及富岡美作守某より其旨を傳ふ。
所蔵文書曰、前々御抱地之敷地田畠、五貫文之処、御由緒之旨、頻而以美作守蒙仰候之間、拙者御代官分之内引替、永令寄進候、横合相違之儀、不可有之候、委細者富岡美作守所エ申越候、仍如件、甲申2月16日、大巧寺御同宿中、駿河守政繁華押。又曰、大巧寺自古来抱之敷地、田壹貫二百余、畠参貫余、以上五貫文有仔細、其方被申之間、御代官分之内引替、永令寄進候、横合相違之儀、不可有之候、但段銭本増共二百文、五貫文之辻、倍候、此段大巧寺御住持エ委細可被申居候者也。仍如件、甲申2月16日、富岡美作守殿、政繁華押。又曰、貴寺従古来、御抱之田畠、并段銭本増共、両毛以上、五貫文目、就御望、駿河守御代官分被引替、永代被進置候、無相違御所務可有之候、然田畠自某可有御請取也。任證文坪帳、委細書付進之候。随而敷地、被進之付而、御一禮被仰居候儀共、小菅民部丞・栗田左京亮・子冶部左衛門、定而一筆□以可申達候、恐々敬白、甲申2月20日大巧寺、富岡美作守華押、按ずるに甲申は、天正12年なるべし。故に此に掲ぐ。
本尊は三宝諸佛を安ず。寺領7貫200文は天正19年11月御朱印を賜ふ。延徳2年2月21日と記せし棟札ありしが今失へりと云ふ。(新編相模国風土記稿より)


大巧寺所蔵の文化財

  • 水晶宝塔

大巧寺の周辺図


大きな地図で見る