古新田稲荷神社。八潮市古新田の神社

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古新田稲荷神社。正保年間に成立した古新田村の鎮守

古新田稲荷神社の概要

古新田稲荷神社は、八潮市古新田にある稲荷神社です。古新田稲荷神社の創建年代は不詳ですが、寛永4年(1627)に大瀬村から村切りして大瀬新田が成立、正保年間(1644-1648)古新田村となったといい、開村時に鎮守社として祀られたのではないかといいます。明治4年村社とに列格、明治42年には字西通の稲荷社と字清水田の天神社の無格社二社を合祀しています。

古新田稲荷神社
古新田稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 宇賀之御魂命
相殿 -
境内社 -
祭日 -
住所 八潮市古新田1061
備考 -



古新田稲荷神社の由緒

古新田稲荷神社の創建年代は不詳ですが、寛永4年(1627)に大瀬村から村切りして大瀬新田が成立、正保年間(1644-1648)古新田村となったといい、開村時に鎮守社として祀られたのではないかといいます。明治4年村社とに列格、明治42年には字西通の稲荷社と字清水田の天神社の無格社二社を合祀しています。

新編武蔵風土記稿による古新田稲荷神社の由緒

(古新田)
稲荷社
福蔵院持、村の鎮守とす
天神社
同寺の持なり(新編武蔵風土記稿より)

「埼玉の神社」による古新田稲荷神社の由緒

稲荷神社<八潮市古新田一〇六一(古新田字東通)>
当地は、江戸初期に大瀬村字新田と唱え、寛永四年(一六二七)に大瀬村から村切りした当時は大瀬新田と称し、正保年中(一六四四-四八)に古新田となった。
口碑によれば、村の開発は”古新田の草分け六軒”によって行われその六軒は宍倉(二軒)・田中・榎本・近藤・伊藤の各家の祖先であるという。当社の創建については伝えられていないが、分村後、余り年を経ない時期に草分けの人々によって耕地の安泰を祈り奉斎されたものであろう。『風土記稿』古新田村の項には「稲荷社福蔵院持、村の鎮守とす」とある。これに見える福蔵院は当社の東側にある真言宗の寺院で、法流開祖伝燈が宝暦年問(一七五一-六四)に入寂したと伝わる。
明治四年に村社となり、同四十二年には字西通の稲荷社と字清水田の天神社の無格社二社を合祀した。このうち、字西通の稲荷社は社殿ごと当社に移されてきたが、しばらくして旧氏子の間に病人が相次いだことから、だれからともなく、「稲荷様が他の社に居候しているから」との風聞が広まり、旧氏子らによって元の地に戻され、旧来通りに祭祀が続けられるようになった。元来、一二軒で祀っていたことから「十二軒稲荷」の通称で呼ばれるこの稲荷社は、現在氏子も二二戸に増え、年二回の祭りが行われている。(「埼玉の神社」より)


古新田稲荷神社の周辺図