円福寺。与野七福神の布袋尊、さいたま市指定文化財の木造釈迦如来坐像
円福寺の概要
真言宗智山派寺院の円福寺は、北明山と号します。円海(大永元年1521年寂)が創建、東光坊として創建、江戸幕府より寺領5石の朱印状を拝領したと伝えられています。境内釈迦堂の木造釈迦如来坐像はさいたま市の指定文化財となっている他、当寺は与野七福神の布袋尊、北足立八十八ヵ所霊場15番です。

山号 | 北明山 |
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院号 | - |
寺号 | 円福寺 |
住所 | さいたま市中央区上峰4-7-28 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 与野七福神の布袋尊、北足立八十八ヵ所霊場15番 |
円福寺の縁起
円福寺は、僧円海(大永元年1521年寂)が創建、東光坊として創建、江戸幕府より寺領5石の朱印状を拝領したと伝えられています。
新編武蔵風土記稿による円福寺の縁起
(上峰村)円福寺
新義真言宗、植田谷本村林光寺末。北明山龍光院と号す。
本尊弥陀を安す。開山円海大永元年寂す。古へ5石の御朱印を蔵せしが、延宝3年賊の為に奪われしより、収公せらるると云。
釈迦堂、釈迦は安阿弥の作なり。蓮台の裏に承和2年4月武州品川の海中より出現のよし彫りてありと云。脇士阿難迦葉の像は運慶の作なり。近き頃阿難の像を修造せし時、蓮台の中より当寺9世の僧盛惠が正徳4年記せし書を出す。某略に中古本多佐渡守此邊へ陣屋を構へ、堂宇を破却せしゆへ、再び営建するよしをいへり。
鐘楼。寛永18年鋳造の鐘をかく。銘文なし。(新編武蔵風土記稿より)
円福寺所蔵の文化財
- 木造釈迦如来坐像(さいたま市指定文化財)
木造釈迦如来坐像
この仏像は、像高94cm、寄木造り、玉眼、像底部に底板を張り、全体は漆箔(漆地に金箔を張ったもの)仕上げです。頭部は差首で、前後三材を矧ぎ寄せて作られています。頭頂部、胴部とも複雑な木寄せをし、蓮台上に結跏趺坐しています。
市内の仏像の中で最も古いもののーつて、容姿は温和でまとまりがあり、歴史的・美術的両面ですぐれた優品です。
新編武蔵風土記稿には、近世初頭に本多佐渡守正信が陣屋を造るため寺を壊した記録がみられますが、木像もいくたびかの争乱に巻き込まれ荒廃した状態におかれたことがあったと考えられます。幾度か修理された本像は、そういった数奇な物語を秘めた貴重な文化財といえます。
平成2年(1990)6月8日市指定となる。(さいたま市教育委員会掲示より)
円福寺の周辺図
参考資料
- 「新編武蔵風土記稿」