慈眼寺。比企郡小川町青山にある曹洞宗寺院

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慈眼寺。「慈光七井」の男井戸・女井戸

慈眼寺の概要

曹洞宗寺院の慈眼寺は、青龍山と号します。慈眼寺は、天正元年(1573)に天台宗寺院として開創、2世領山和尚が曹洞宗寺院に改めたと伝えられ、州頓(慶長18年1613年没)が開山したといいます。境内には「慈光七井」の男井戸・女井戸があります。

慈眼寺本堂
慈眼寺の概要
山号 青龍山
院号 -
寺号 慈眼寺
本尊 釋迦牟尼佛像
住所 比企郡小川町青山1609
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



慈眼寺の縁起

慈眼寺は、天正元年(1573)に天台宗寺院として開創、2世領山和尚が曹洞宗寺院に改めたと伝えられ、州頓(慶長18年1613年没)が開山したといいます。境内には「慈光七井」の男井戸・女井戸があります。

新編武蔵風土記稿による慈眼寺の縁起

(青山村)
慈眼寺
曹洞宗、男衾郡今市村泉龍寺末、青龍山と號す、開山洲頓慶長十八年六月十二日寂す、正觀音を本尊とす、安阿彌が作る所也、(新編武蔵風土記稿より)

「小川町の歴史別編民俗編」による慈眼寺の縁起

慈眼寺(青山一六〇九)
慈眼寺は、青龍山と号し、曹洞宗に属する寺院である。江戸時代には男衾郡今市村(現寄居町)泉立寺の末であった。本尊は正観音で、安阿弥という仏師の作と伝えられている。
寺伝によれば、開山は州頓で、慶長十人年(一六一三 の六月に没している。また、一説に慈眼寺の開創は天正元年(一五七三)で、当初は天台宗であったが、二世の領山和尚の時、曹洞宗に改宗したという。
なお、慈眼寺には、「慈光七井」と呼ばれる井戸のうち男井・女井の二つがあり、清冽な清水が出ることで有名である。この井戸は、一度も水が絶えたことがないといわれ、かつて慈眼寺が火災に遭った時も、寺を守るのに役立ったと伝えられている。(「小川町の歴史別編民俗編」より)


慈眼寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「小川町の歴史別編民俗編」