蓮沼稲荷神社。三郷市南蓮沼の神社
蓮沼稲荷神社の概要
蓮沼稲荷神社は、三郷市南蓮沼にある神社です。蓮沼稲荷神社の創建年代は不詳ですが、蓮沼村の鎮守社であったといいます。平成3年社殿を一新しました。
社号 | 稲荷神社 |
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祭神 | 宇迦之御魂命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
祭日 | - |
住所 | 三郷市南蓮沼621-3 |
備考 | - |
蓮沼稲荷神社の由緒
蓮沼稲荷神社の創建年代は不詳ですが、蓮沼村の鎮守社であったといいます。平成3年社殿を一新しました。
新編武蔵風土記稿による蓮沼稲荷神社の由緒
(蓮沼村)稲荷社
村の鎮守なり、圓光院持
末社。第六天、水神、庚申(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による蓮沼稲荷神社の由緒
稲荷神社<南蓮沼33>
当地は、その名からもわかるように、江戸時代、蓮の多く生えた沼を新田開発したことに始まり、往時は蓮沼新田と称していたという。
その後蓮沼村となり、明治十二年、南蓮沼村となった。低湿地で、古くから水害の多かったtとから、神社や家屋など多くの建物は、盛り土をした上に建てられている。
『風土記稿』に、当社は「稲荷社、村の鎮守なり、円光院持、末社第六天、水神、庚申」とあり、往時「真言宗蓮沼山圓光院阿弥陀寺がその管理に当たっていたことがわかる。また、同書には、圓光院の寺内に天神社が祀られていたことが記されている。この天神社は、現在、同寺内には見当たらず、氏子の間にもそれにかかわる言い伝えは残っていない。しかし、一月一宇五日を「天神様」と呼んで、当社に参拝することや、本殿脇から梅鉢紋の付いた石造の束帯座像が見付かっていることなどから、恐らくは明治の神仏分離によって、天神社は圓光院から当社に移されたものと思われる。
近年、浄水場の建設に伴い、当社はその予定地に含まれることになったため、移転の話が持ち上がった。しかし、先祖から受け継いだ神社を他所に移すことはできないという氏子の強い要望により、境内地だけがその用地から外されることとなり、現在に至っている。(「埼玉の神社」より)
蓮沼稲荷神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」