大廣戸香取神社。寛永年間に開村した大廣戸村の鎮守
大廣戸香取神社の概要
大廣戸香取神社は、三郷市三郷にある神社です。大廣戸香取神社の創建年代は不詳ですが、大廣戸村が寛永年間(1624-1645)に開村し、当社の祭祀が寛文年間(16661-73)に行われていることから、江戸時代初期の創建と考えられ、大廣戸村の鎮守社であったといいます。明冶5年村社に列格、明治45年に大廣戸の天神社を、大正元年に大字仁蔵の天神社を合祀しています。
社号 | 香取神社 |
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祭神 | 経津主之命 |
相殿 | 菅原道真公 |
境内社 | - |
祭日 | - |
住所 | 三郷市三郷3-14-4 |
備考 | - |
大廣戸香取神社の由緒
大廣戸香取神社の創建年代は不詳ですが、大廣戸村が寛永年間(1624-1645)に開村し、当社の祭祀が寛文年間(16661-73)に行われていることから、江戸時代初期の創建と考えられ、大廣戸村の鎮守社であったといいます。明冶5年村社に列格、明治45年に大廣戸の天神社を、大正元年に大字仁蔵の天神社を合祀しています。
新編武蔵風土記稿による大廣戸香取神社の由緒
(大廣戸村)
香取社
村の鎮守とす、駒形村延壽院持
天神社
村持(新編武蔵風土記稿より)
「埼玉の神社」による大廣戸香取神社の由緒
香取神社
当地は、江戸川右岸に位層し、その開発については、『風土記稿』大広戸村高応寺の項に「過去帳に寛永元年(一六二四)新田開闢砌、伊奈半左衛門家老興津角左衛門手代高応寺建立、檀那高橋甚左衛門敬白とあり」と記されている。これに見える高橋甚左衛門の子孫は、既に絶えてしまっているが、同家と杯を交わした間柄であったと伝えられる田中象が当地に居住している。田中家は、同市内の田中新田を開いた田中一族の流れをくみ、当村の名主役を潜めていた。恐らくは、この田中家や先の高橋家などが、当地の草分けであったのであろう。
当社の創建は、その祭事である蛇祭りが寛文年間(一六六一-七三)から続いていると伝えられることからも、村の開かれた寛永元年からさほど下らない時期に行われたものと考えられる。『風土記稿』には「村の鎮守とす、駒形村延寿院持」と載り、同市内駒形の延寿院が別当であったが、古くは当社の隣に「寮」と称する建物があり、日常の管理はこれに住んでいた宮守りが行っていたものであろう。ちなみにこの「寮」は、同書に「庵 弥陀を安ず、村民持」とあり、これに見える阿弥陀像は現在公民館に移されている。
明冶五年、村社となり、同四十五年に同大字内の天神社が、大正元年に大字仁蔵の天神社が、各々合祀されたが、仁蔵の天神社は昭和三十年代に旧地に復した。(「埼玉の神社」より)
大廣戸香取神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「埼玉の神社」