妙玄寺。毛呂山町毛呂本郷にある曹洞宗寺院

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妙玄寺。毛呂顯季夫人が開基

妙玄寺の概要

曹洞宗寺院の妙玄寺は、両宮山と号します。妙玄寺は、毛呂顯季夫人(以参妙玄大姉、天文23年没)が開基となり、天文3年(1533)に創建、小田谷長栄寺二世忠室良勲大和尚が開山したといいます。慶安2年(1649)には江戸幕府より寺領8石の御朱印状を受領しています。

妙玄寺
妙玄寺の概要
山号 両宮山
院号 -
寺号 妙玄寺
住所 毛呂山町毛呂本郷244
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



妙玄寺の縁起

妙玄寺は、毛呂顯季夫人(以参妙玄大姉、天文23年没)が開基となり、天文3年(1533)に創建、小田谷長栄寺二世忠室良勲大和尚が開山したといいます。慶安2年(1649)には江戸幕府より寺領8石の御朱印状を受領しています。

新編武蔵風土記稿による妙玄寺の縁起

(毛呂本郷)
妙玄寺
兩宮山と號す、曹洞宗、小田谷村長榮寺末、慶安二年寺領八石の御朱印を賜ふ、天文の頃此所の住人、毛呂土佐守顯季の妻女の起立する所なり、開山を忠室良勳と云、弘治元年十月十九日寂す、本尊釋迦。
開基毛呂顯妻墓。五輪の塔なり、文字壊損して讀べからず、過去帳に據ば此人は天文廿三年九月廿三日沒せり。此墓の並に古き五輪四五基あり、此も文字漫滅したれど、毛呂氏の墓なるべし。(新編武蔵風土記稿より)

毛呂山町教育委員会・毛呂山町文化財保護審議委員会掲示による妙玄寺の縁起

このお寺は両宮山妙玄寺と言い曹洞宗に属し、御本山は福井県永平寺と神奈川県総持寺の両大本山である。
天文三年(一五三三)毛呂顕季夫人(顕繁の母)の創建で毛呂山町小田谷長栄寺の二世忠室良勲大和尚を開山として迎える。山号を両宮山といい本尊に聖観音菩薩を安置する。開基の顕季夫人は天文二十三年に卒し、法名を以参妙玄大姉という。慶安二年(一六四九)寺領八石の朱印を下付され歴代将軍家よりの直筆の朱印状は今も現存されている。
裏手墓地内にある毛呂氏数代の供養塔は町指定文化財でなお俳人川村碩布翁の墓および句碑、国学者権田直助・年助の墓などがある。寺の南東に接して毛呂氏の館跡地である「堀ノ内」がある。毛呂城はまた、山根城とも称した。新編武蔵風土記稿に「毛呂氏陣屋跡所の字を「堀ノ内」といへり、今陸田となる、九反九畝十六歩の地なり」とある。土塁や構え堀の遺構は今ではほとんどわからなくなったが、「堀ノ内」の小名は八高線の線路をはさんで今でも残っている。
境内左のお堂は埼玉医科大学の献体、病理解剖体の慰霊のためのお堂である。(境内掲示より)


妙玄寺所蔵の文化財

  • 毛呂氏数代の供養塔(町指定文化財)

妙玄寺の周辺図