戸室子神社。地頭興津内記常照が社殿を修造、戸室の鎮守

猫の足あとによる神奈川県寺社案内

戸室子神社。厚木市戸室の神社

戸室子神社の概要

戸室子神社は、厚木市戸室にある神社です。戸室子神社の創建年代等は不詳ながら、慶長12年(1607)には地頭興津内記常照が社殿を修造、戸室村の鎮守社として祀られていたといいます。

戸室子神社
戸室子神社の概要
社号 子神社
祭神 大己貴命
相殿 -
境内社 道祖神、古止比羅社、日吉社、稲荷社、弥栄社
祭日 例大祭4月20日
住所 厚木市戸室4-8-7
備考 -



戸室子神社の由緒

戸室子神社の創建年代等は不詳ながら、慶長12年(1607)には地頭興津内記常照が社殿を修造、戸室村の鎮守社として祀られていたといいます。

新編相模国風土記稿による戸室子神社の由緒

(戸室村)
子神社
村の鎮守とす、石一顆を神躰とす、縁起に古より小社ありしを慶長十二年地頭興津内記忠能再建し其後子孫度々修造を加へし事を載す、例祭十一月十五日、
末社。山王、牛頭天王、稲荷
神楽殿
鐘樓。文化八年鑄造の鐘を懸、
別當安楽院。當山修験(江戸青山鳳閣寺觸下、)始祖成意(元□十二年七月廿七日卒、)本尊不動、(新編相模国風土記稿より)

神奈川県神社誌による戸室子神社の由緒

勧請年月は不詳だが、縁起書に「慶長十二丁未年(一六〇七)地頭興津内記常照居士宮殿を再建す。曽孫従五位下前越州興津忠閏居士造営元文四己未年(一七三九)従五位下前予州興津忠通居士宮殿を再建す万延二辛酉年(一八六一)七月奥津忠吉氏併に村民一同協力拝殿再建せり」と記されており、『新編相模国風土記』には「村の鎮守とす石一顆を神体とす」縁起に古より小社ありしを慶長十二年(一六〇七)地頭興津内記忠能再建し其後子孫度々修造を加えし事が記載されている。(神奈川県神社誌より)

「厚木市史史料」による戸室子神社の由緒

子神社(戸室字子ノ神五四)
勧請年月不詳。慶長十二丁未年地頭興津内記常照居士宮殿ヲ再建ス 曾孫従五位下前越州興津忠閏居士造営元文四己未年従五位下前予州興津忠通居士宮殿ヲ再建ス 万延二辛酉年七月興津忠吉氏洋ニ村民一同協力拝殿再建セリ(縁起書)
「風土記」によれば
村の鎮守とす、石一頼を神体とす、縁起に古より小社ありしを慶長十二年地頭興津内記忠能再建し其後子孫度々修造を加へし事を載す、例祭十一月十五日(「厚木市史史料」より)


戸室子神社の周辺図


参考資料

  • 新編相模国風土記稿
  • 神奈川県神社誌
  • 「厚木市史史料」