圓蔵寺。福島県河沼郡柳津町にある臨済宗妙心寺派寺院

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霊巌山圓蔵寺。徳一菩薩開基・日本三虚空蔵菩薩、会津三十三観音

圓蔵寺の概要

臨済宗妙心寺派寺院の圓蔵寺は、霊巌山と号します。圓蔵寺は、大同2年(807年)名僧徳一大師が開創したと伝えられ、本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師空海が手掛けたと伝えられます。江戸時代初期の地震で本堂を岩上に再建する際に、赤牛の大群が材木運びを手伝ったといわれ、会津の郷土玩具「赤べこ」の発祥となったとされます。本尊の虚空蔵菩薩は千光山清澄寺の能満虚空蔵尊、村松山日光寺の大満虚空蔵尊とともに、日本三虚空蔵菩薩の一つとされるほか、当寺柳津観音堂は、会津三十三観音めぐり番外2番となっています。

圓蔵寺
圓蔵寺の概要
山号 霊巌山
院号 -
寺号 圓蔵寺
住所 河沼郡柳津町大字柳津字寺家町甲176
宗派 臨済宗妙心寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



圓蔵寺の縁起

圓蔵寺は、大同2年(807年)名僧徳一大師が開創したと伝えられ、本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師空海が手掛けたと伝えられます。江戸時代初期の地震で本堂を岩上に再建する際に、赤牛の大群が材木運びを手伝ったといわれ、会津の郷土玩具「赤べこ」の発祥となったとされます。現本堂は会津藩主松平家の保護により文政13年(1830)再建されています。

境内掲示による圓蔵寺の縁起

仰々霊巌山圓蔵寺は臨済宗妙心寺派に属し東北屈指の巨刹にして大同二年(西暦八〇七年皇紀一四六七年)徳一大師の開創する處なり。
本尊福満虚空蔵大菩薩は弘法大師霊木を以って刻み、日本三所(能満虚空蔵尊・千葉県安房郡天津小湊町・千光山清澄寺、大満虚空蔵尊・茨城県那珂郡東海村・村松山日光寺)にして霊験の著しさ他に比すべきなし、故に往昔、天下の闔家(将軍家)歴代の領主、深く菩薩を尊信し幾多の金銀、財宝、荘田、山林等を寄進し、萬民、和樂、福徳、円満、如意満足を祈誓し厚く当寺を保護せられる。現堂宇は菊光堂(総欅造り)・(建築様式は本堂造り入母屋、重層、軒、唐破風、向拝付建築)と称し文政十三年(西暦一八三〇年皇紀二四九〇年)会津藩主松平家特別の保護に據り再建せられるものなり。云々(境内掲示より)

パンフレット「会津六詣で」による圓蔵寺の縁起

仏都・会津を代表する名刹のひとつ。日本三虚空蔵菩薩に数えられるとともに、奥会津最大の仏教拠点でもあります。大同2年(807年)名僧徳一大師によって開かれ、本尊の虚空蔵菩薩像は弘法大師空海が手掛けたと伝えられています。本堂は高台にそびえ立ち、その舞台から望む只見川の流れは、まさに絶景です、桜・川霧・紅葉・雪と、季節によって多彩な表情を見せるスポットでもあります。正月には奇祭・七日堂裸まいりが広げられ、全国各地から観光客が殺到。また本尊の木くずがウグイになった伝説をはじめ、寺の難工事を手伝った赤牛(赤べこ伝説)、あわまんじゅうの起源など、数多くの逸話に彩られた名所としても知られています。(パンフレット「会津六詣で」より)


圓蔵寺所蔵の文化財

  • 虚空蔵菩薩像
  • 奥之院弁天堂(国指定重要文化財)

圓蔵寺の周辺図