佃島渡船場跡|中央区湊の名所旧跡

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佃島渡船場跡|手こぎ渡船が廃止された記念に建てられた碑

佃島渡船場跡の概要

佃島渡船場跡は、中央区湊にある史跡です。佃島渡船場跡は、昭和2年から始まった中央区佃と当地を往来する無賃曳船が行われ、手こぎ渡船が廃止された記念に建てられた石碑地です。渡船は、江戸幕府初代将軍徳川家康が、摂津国佃村の漁民を隅田川河口にあった寄洲(中央区佃)へ住まわせて、中央区佃が開発された後の正保2年(1645)から始まり、明治9年(1876)には有償渡船が許可され、大正15年に運営が東京市に移管されたもので、昭和39年に佃大橋が完成するまで行われていました。

佃島渡船場跡
佃島渡船場跡の概要
名称 佃島渡船場跡
みどころ 史跡
入場時間 -
入場料 -
住所 中央区湊3-18-13
備考 -




佃島渡船場跡の由緒

佃島渡船場跡は、昭和2年から始まった中央区佃と当地を往来する無賃曳船が行われ、手こぎ渡船が廃止された記念に建てられた石碑地です。渡船は、江戸幕府初代将軍徳川家康が、摂津国佃村の漁民を隅田川河口にあった寄洲(中央区佃)へ住まわせて、中央区佃が開発された後の正保2年(1645)から始まり、明治9年(1876)には有償渡船が許可され、大正15年に運営が東京市に移管されたもので、昭和39年に佃大橋が完成するまで行われていました。

境内掲示による佃島渡船場跡について

佃島は隅田川河口にできた自然の寄洲でした。江戸幕府初代将軍徳川家康の時、摂津国佃村(大阪市西淀川区)の漁民を招いて住まわせたところと伝承されています。この島と対岸の船松町(佃大橋西詰付近)との間に正保二年(一六四五)に通ったのが佃の渡しです。
明治九年(一八七六)には、渡し銭一人五厘の掲示札の下付を願い出て許可され、大正十五年(一九二六)東京市の運営に移り、翌昭和二年三月に無賃の曳船渡船となりました。「佃島渡船」の石碑は、手こぎ渡船を廃止した記念として、この時期に建てられたものです。
昭和三十年(一九五五)七月には一日七〇往復にもなりましたが、同三十九年八月の佃大橋の完成によって三〇〇年の歴史を持つ佃島渡船は廃止されました。
渡船の歴史を記念する史跡として、中央区民文化財に登録されています。(中央区教育委員会掲示より)


佃島渡船場跡の周辺図