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西八朔杉山神社|横浜市緑区西八朔町の神社、武蔵国六宮

西八朔杉山神社の概要

西八朔杉山神社は、横浜市緑区西八朔町にある神社です。西八朔杉山神社の創建年代等は不詳ながら、続日本後紀や延喜式に記載され、武蔵国六宮となっていた杉山神社が当社だといい、また、「都筑郡針斫郷」や鎌倉時代の古文書に記載されている国街領(武蔵国府の直営地)「八佐古」が当地周辺の八朔だといいます。当地名八朔や小名鳥居などより広大な神域を領していたといい、西八朔・北八朔の鎮守社だったといいます。慶安2年(1649)には社領5石6斗の御朱印状を拝領、明治43年無格社神明社外四社を合併、大正9年には郷社に列格したといいます。

西八朔杉山神社
西八朔杉山神社の概要
社号 杉山神社
祭神 五十猛命
相殿 大日孁命、素盞鳴命、大田命
境内社 -
住所 横浜市緑区西八朔町208
祭日 十月一日
備考 -



西八朔杉山神社の由緒

西八朔杉山神社の創建年代等は不詳ながら、続日本後紀や延喜式に記載され、武蔵国六宮となっていた杉山神社が当社だといいます。当地名八朔や小名鳥居などより広大な神域を領していたといい、西八朔・北八朔の鎮守社だったといいます。慶安2年(1649)には社領5石6斗の御朱印状を拝領、明治43年無格社神明社外四社を合併、大正9年には郷社に列格したといいます。

新編武蔵風土記稿による西八朔杉山神社の由緒

(西八朔村)
杉山社
村の東方にあり、上屋三間四方、内に小祠を置南向なり、社前に鳥居を立、昔は西北兩村の鎮守なりしが、今は當村のみなりと云、北八朔村の小名に鳥居など云所あり、元此社の一の鳥居其所にありしといへば、西北一村なることは自ら知べし、村内にて五石六斗の社領を附せらる、例祭年々八月朔日、此日を用るは村名によれりなど云、さもあるべし、神體は不動の立像にて長一尺許。
別當極楽寺
新義真言宗、王禅寺村王禅寺末、顯弘山蓮花院と號す、中興開山元海天文二年に寂す、客殿九間に七間南向なり、本尊大日は坐像にて、長一尺許、慶安年中社領の御朱印を賜ふ、其文左にのす。
武蔵國都筑郡西八朔村、極楽寺杉山明神社領同村之内五石六斗事、任先規寄附之訖、全可収納、幵境内山林竹木諸役等、免除如有相違者也。
慶安二年八月廿四日御朱印
末社
八幡社。本社に向て左の方に祠を立。
寶生権現社。本社に向て右の方にあり、此神體いかなるものを祭りしや詳なることをしらず。
観音堂。向て左にあり、三間四方、十一面観音、木像にして長二尺ばかり。
鐘樓。門を入て左の方にあり、明和五年の銘あり、後證に益なければ略す。
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神明社
除地、林四畝、村の南にあり、僅なる祠を立南向なり、西光寺持。以下三祠も同寺の持なり。
熊野社
除地、四畝、村之東の方北八朔村さかひにあり、社は南向に立り。
社宮神社
除地、七畝二十四歩、村の西の方にあり、巽向なり、石神の社にや
稲荷社
除地、一畝七歩、小名いなこ原にあり。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社名鑑による西八朔杉山神社の由緒

当社は、延喜式に「都筑郡一座杉山名神」とあり、都筑郡唯一の式内社であり、武蔵国六の宮である。古くから地元民だけでなく、広く一般の人々の信仰の対象ともなった。続日本後紀承和五年三月庚戌の条に、「武蔵国都筑郡杉山名神預之官幣以霊験也」と見え、更に嘉祥元年五月庚辰の条にも、「奉授武蔵国無位杉山名神従五位下」と記され時の朝廷より贈位の恩命に接している。当社に残る棟札及び別当極楽寺の墓碑の年号より推して延宝年間に現在地に遷され、慶安二年八月二十四日付の朱印状が幕府より下賜されている。「武蔵国都筑郡西八朔村極楽寺杉山神社領同村之内五石六斗事任先規寄附之訖全可収納拝境内山林竹木諸役等免除如有来永不可有相違者也 慶安二年八月二十四日 御朱印」。明治四十三年無格社神明社外四社を合併、大正九年九月十日社格郷社に列せられ、神饌幣帛料供進社に指定された。(神奈川県神社名鑑より)


西八朔杉山神社の周辺図


参考資料