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金蔵院|小金井市中町にある真言宗豊山派寺院

金蔵院の概要

真言宗豊山派寺院の金蔵院は、天神山観音寺と号します。金蔵院の創建年代は不詳ですが、阿闍梨堯存(永禄9年1566寂)が中興、天満宮(現小金井神社)の別当を務めていたといいます。本堂左側のケヤキと右側のムクノキは小金井市指定天然記念物となっています。多摩八十八ヶ所霊場31番です。

金蔵院
金蔵院の概要
山号 天神山
院号 金蔵院
寺号 観音寺
本尊 十一面観世音菩薩像
宗派 真言宗豊山派
住所 小金井市中町4-13-25
葬儀・墓地 -
備考 -



金蔵院の縁起

金蔵院の創建年代は不詳ですが、阿闍梨堯存(永禄9年1566寂)が中興、天満宮(現小金井神社)の別当を務めていたといいます。

「小金井市史」による金蔵院の縁起

金蔵院
(所在地)中町4-13-25。新義真言宗豊山派。十一面観音を本尊とする。本堂は正面・側面ともに 9.1m。庫裡は正面 25.48m、側面 9.1m。明和 7年(1770)火災にあい、多くの文書その他を焼失した。幸い過去帳だけは類焼をまぬがれた。その過去帳には慶長年間以降の詳細な記載がある。寺宝に中世以前と思われる仏体及び兆殿司作と伝えられる仏画がある。
『新編武蔵風土記稿』に「金蔵院境内除地三石三斗八升。下山谷にあり。天神山観音寺と号す。新義真言宗府中妙光院の末。本堂は昔年焼失していまだ再建せず。本尊十一面観音、木の坐像長一尺許。開山詳かならず。中興は阿闍梨堯存、永禄九年八月一日遷化」と記載しである。(「小金井市史」より)

新編武蔵風土記稿による金蔵院の縁起

(下小金井村)金蔵院
境内除地、三石三斗八升。下山野にあり。天神山観音寺と号す。新義真言宗、府中妙光院の末。本堂昔年焼失していまだ再建せず。本尊十一面観音、木の坐像長一尺余。開山詳ならず。中興は阿闍梨堯存永禄九年八月一日遷化。
稲荷社。小祠、境内にあり。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による金蔵院の縁起

天保元年幕府に献上された「新編武蔵風土記稿」によると「領地四石、下山野ニアリ天神山観音寺ト号ス、新義真言宗府中妙光院ノ末寺、本堂昔年焼失シテイマダ再建セズ、本尊十一面観音、木ノ座像長一尺余開山詳ナラズ、中興ハ阿闍梨堯存永禄九年八月一日遷化」とありますので、当山は真言宗豊山派府中市妙光寺末二十八ヵ寺の一寺で、小金井村の鎮守天満宮(現小金井神社)の別当寺でした。当時から檀家は地域的に上・下小金井村と小金井新田まで広い範囲に分布されています。
本堂は、享和三年(1803)に火災に遇ってから十六年後の文政二年(1819)に再建され、その後大正十一年に破風作りの屋根に直し、さらに平成二年十一月に改築建立され、今日に至っております。
さらに、村民に親しまれた観音様であったことを物語るように、明治初期に第一小学校の前身である寺子屋(尚綗学舎)が設けられ、後大正時代には村役場が併設されていました。
戦後、境内に白萩を多く植えたので、初秋になると小さい白い花でいっぱいになり、誰言うとなく”萩寺”といわれ親しまれており、また、南側には、市指定の天然記念物として樹齢三百年を越す、ムクとケヤキの大木があります。(境内掲示より)


金蔵院所蔵の文化財

  • 金蔵院のケヤキとムクノキ(市指定天然記念物)

金蔵院のケヤキとムクノキ

金蔵院境内のケヤキ(左側)とムクノキ(右側)は、樹形や樹皮の特徴からそれぞれ樹齢三百年以上を経たものと思われ、幹囲・樹高とも市内では有数のものです。
ケヤキはニレ科の落葉高木で、旧くから防風・建築用材等として屋敷の周りに植えられました。
ムクノキもニレ科の落葉高木で、屋敷林によく見られます。秋には卵状球形の実を結び、熟すと黒く甘くなります。葉の表面がザラザラしており、漆器や鼈甲等の表面研磨にも使われました。(小金井市教育委員会掲示より)


金蔵院の周辺図


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参考資料
  • 「小金井市史」
  • 新編武蔵風土記稿