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小金井神社|小金井市中町の神社

小金井神社の概要

小金井神社は、小金井市中町にある神社です。小金井神社の創建年代は不詳ですが、当地周辺を開拓した元久2年(1205)に里人が天満宮を奉祀したと伝えられます。新編武蔵風土記稿によると上小金井村・下小金井村・小金井新田の鎮守社となっていたといい、明治3年(1870)小金井の里の総鎮守として小金井神社と改称したといいます。

小金井神社
小金井神社の概要
社号 小金井神社
祭神 菅原道真公
相殿 -
境内社 稲荷神社、熊野神社、大鷲神社
住所 小金井市中町4-7-2
祭日 -
備考 -



小金井神社の由緒

小金井神社の創建年代は不詳ですが、当地周辺を開拓した元久2年(1205)に里人が天満宮を奉祀したと伝えられます。新編武蔵風土記稿によると上小金井村・下小金井村・小金井新田の鎮守社となっていたといい、明治3年(1870)小金井の里の総鎮守として小金井神社と改称したといいます。

新編武蔵風土記稿による小金井神社の由緒

(下小金井村)天満宮
社地除。3石4斗余。下山野にあり。本社四間に三間の覆屋、拝殿二間に三間半、神体木の坐像長一尺許。上下二村及び新田の鎮守なり。例祭九月廿五日、金蔵院持。(新編武蔵風土記稿より)

北多摩神道青年会掲示による小金井神社の由緒

創立は元久二年(1205)武蔵国開拓の当時、里人が菅原道真公の鴻徳を敬慕し、社殿を造り、神霊を奉祀、天満宮と称したと伝えられる。
宝暦元年(1751)本殿を改築、本殿拝殿は明治二十二年(1889)に工事を始め、五年の歳月をかけて、明治二十七年九月(1894)に竣工。
明治維新に天満天神と改称、更に明治三年十二月(1870)小金井の里の総鎮守として小金井神社と改称する。
氏子区域は、前原町、中町、東町、緑町、桜町、本町の広範囲に及ぶ。
近年は学問の神さまとして篤く崇敬されている。
境内社は稲荷神社、熊野神社、大鷲神社。(北多摩神道青年会掲示より)

「小金井市史」による小金井神社の由緒

小金井神社
(所在地)中町4-7-2。祭神は菅原道真。口碑にはいまから700余年前、武蔵野開拓当時、里人が道真の徳を敬慕して桜並の地に社殿を作り、天満宮と称したと伝えている。
天正11年(1583)加茂下出雲入道勝重という者が資を献じて、現在の地に社殿を再建したといい、ついで天正15年(1587) 9月25日府中宿真言宗妙光院を別当とした。その後、加茂下出雲の遠縁関勘右衛門、同忠蔵という者が、宝暦元年(1751)当時の名匠江戸神田の住人粉川市正康信に請い、道真の坐像高さ42. 4cmを彫刻させ、神殿を改造、これを納めて霊代とした。そののち妙光院の別当を廃して金蔵院別当となる。旧上小金井村、下小金井村、小金井新田などの鎮守であって、9月25日を例祭日とする。明治維新の時、天満宮としたが明治3年(1870)12月、小金井神社と改称した。
本殿は間口5.77m、奥行5.77m 、拝殿は間口9.1m、奥行5.46m、向拝間口3.64m、奥行2.7m。
『新編武蔵風土記稿』に「天満宮 社地除三石四斗余。下山谷にあり。本社四間に三間の覆屋、拝殿二間に三間半。神体木の坐像、長さー尺余。上下小金井村及び新田の鎮守なり。例祭九月二十五日。金蔵院持」と記されている。
社前に小金井小治郎寄進の狛犬があり、明治維新当時の里正三人の奉納した金井信重の宝剣がある。(「小金井市史」より)


小金井神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 北多摩神社誌(北多摩神道青年会むらさき会)
  • 「小金井市史」