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常楽院|調布市西つつじヶ丘にある天台宗寺院

常楽院の概要

天台宗寺院の常楽院は、福増山と号します。寛天平勝宝年中(749-757)に行基菩薩が創建、慈覚大師が中興したと伝えられます。江戸時代には宝王山常楽院長福寿寺と号して上野不忍池近辺にあり、本尊の阿弥陀如来は江戸六阿弥陀の一つとして、数多くの参詣を集めていました。第二次世界大戦後に当地にあった連倉寺を合併し、福増山常楽院と改号、当地へ移転しました。旧地上野には、江戸六阿弥陀五番の別堂が設けられています。

常楽院
常楽院の概要
山号 福増山
院号 常楽院
寺号 -
住所 調布市西つつじヶ丘4-9-1
本尊 阿弥陀如来像
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 江戸六阿弥陀の5番



常楽院の縁起

常楽院は、天平勝宝年中(749-757)に行基菩薩が創建、慈覚大師が中興したと伝えられます。江戸時代には宝王山常楽院長福寿寺と号して上野不忍池近辺にあり、本尊の阿弥陀如来は江戸六阿弥陀の一つとして、数多くの参詣を集めていました。第二次世界大戦後に当地にあった連倉寺を合併し、福増山常楽院と改号、当地へ移転しました。

御府内寺社備考による常楽院の縁起

東叡山(寛永寺)末 下谷不唱小名
宝王山長福寿寺常楽院、境内835坪5合門前町屋共
聖武天皇天平勝宝年中御除地相成候由。
開山行基菩薩勝宝元己丑年2月2日寂。
中興慈覚大師貞観六甲申年正月14日卒。
本堂、内陣間口3間半奥行3間。本尊阿弥陀如来、木像行基菩薩作丈9寸3分。
両脇観音勢至木坐像、前立阿弥陀如来同上。
右本尊阿弥陀如来は江戸街道六阿弥陀之一也。
縁起左之通。
一番元木、豊嶋西福寺
二番、沼田延命寺(現恵明寺
三番、西ヶ原無量寺
四番、田端与楽寺
五番、下谷常楽院
六番、亀戸常光寺
抑当国六阿弥陀如来(江戸六阿弥陀)の尊像ハ、行基菩薩の御作にして霊験あらたなる尊像なり。むかし此地に足立の長者といへる人あり。年老るまて子なきをうれひ、熊野権現に祈りて女子を生り、容顔うるハしくして人ミな心をかけすといふ事なし。又そのほとりに豊嶋の長者といふ者あり。此娘を要中にいかなる故にやありけん。此娘荒川に身を投て死す。侍女もともに入水して失ぬ。足立の長者これをかなしミ、娘井侍女の菩提のために諸国の霊場を見めくり、紀州牟宴の郡熊野権現に参籠して霊夢を蒙り霊木を得て、弥陀の尊像を彫刻せんと願を発し、願ハくハ当山権現本地阿弥陀如来我願をミたしめ姶ハ、、此霊木わか本国沼田の浦に流れよる
へしと祈Lに、不思儀に此木百有余里の波涛をへて本国沼田の浦につき夜ことに光を放つ択棚摘銅其頃行基菩薩諸国をめくり、此所に来り給ひ、誠に亡女ハ汝を浄土に導んかための仏菩薩の化身なるへしと、南無阿弥陀仏の六字の数にあハせて彼の一木を以て六体の弥陀を彫刻して其頃の街道の六ヶ所の村里に安置し給ひしより、千有余年にちかし。伏して惟ハ弥陀如来は五劫の間思惟し給ひて四十八願をたて、濁悪の衆生をして悉ク極楽浄土に往生せしめんとの御誓ひなり。いかに況や現世にして願ふ所の事一切円満せすといふ事なし。仰て尊ふへくふして信すへし。ことに二李の彼岸にハ六ケ寺を巡礼して尊容を拝すへきものなり。
不動尊 如意輪観世音菩薩、西国三十三ヶ所之写十八番
地蔵堂、地蔵尊闇魔相殿
稲荷社、1間四方。縁結稲荷大明神木立像
護摩堂、9尺四方。
六地蔵尊石立像。
金仏地蔵尊立像。
焼香塔唐鋼。
以上丙戊書上
改撰江戸志に元禄の比のものに延命山とミへたるよし載たれと、此山号ありしこと寺にハ伝へす。
境内蕃椒地蔵ハ眼病をいのるに験あり。其賽に蕃椒を供す故此名あり。(以上捜索)
(御府内寺社備考より)

合併した蓮倉寺について

(金子村)蓮倉寺
境内除地、1段6畝14歩、村の東南にあり。この邊は当寺のあるによりて、その地をも蓮倉寺とよべり。福僧山延命院と号す。天台宗、同郡深大寺村深大寺の末、客殿3間に5間、本尊弥陀木の坐像、長1尺1寸。開山開基はつまびらかならず。(新編武蔵風土記稿より)


常楽院の周辺図

参考資料
  • 御府内寺社備考