猫の足あとによる新宿区の寺院、神社など新宿区の寺社案内 猫の足あとによる新宿区の寺院、神社など新宿区の寺社案内
猫の足あと

法恩寺|新宿区須賀町にある法華宗系単立寺院

法恩寺の概要

法華宗系単立の法恩寺は、正妙山と号します。法恩寺は、寛永元年(1624)、麹町4丁目に常行院日禎上人(延宝3年寂)が創建、明暦年間に当地へ移転しました。

法恩寺
法恩寺の概要
山号 正妙山
院号 -
寺号 法恩寺
住所 新宿区須賀町13
宗派 法華宗系単立
葬儀・墓地 -
備考 -



法恩寺の縁起

法恩寺は、寛永元年(1624)、麹町4丁目に常行院日禎上人(延宝3年寂)が創建、明暦年間に当地へ移転しました。

正妙山という。今は単立となっているが、元は顕本法華宗一乗派で、書上には京都二条妙満寺末で日什門派とある。
寛永元年麹町4丁目に、常行院日禎上人(延宝3年乙卯3月26日寂)が創建した。或は日什上人ともいう。
一説には、開山は赤坂常玄寺(赤坂一ツ木、清水山、元和3年日盛上人開山)の日代上人ともいうし、明徳2年(1391)に起立し、麹町より明暦年間(1655-)に現地に移るとあるが、明徳2年は元中8年で足利時代であって、年代の相違があり、やはり寛永創建説が適正のようであって、明暦移転説が正説に近かろう。
四谷区史は「文政寺社書上げ」を引用して、
往古抱屋敷御座候儀は、大久保村天神前(今の新宿西向天神社)御箪笥同心給地、百姓九左衛門と申者、寛永6巳年持地884坪半、当寺へ寄進仕り、其身剃髪し寿延坊と号し、草庵を結び、即ち庵号に致し住居仕候処、其後承応2巳年相果、善性院日有と相贈り、此地に石塔建置、其外石塔も有之候処、明暦3酉年当時拝領地の内え、辻番所被仰付候に付、右地所に有之石塔共抱屋敷え引移り、夫より以来檀方石塔追々建来り候に付、延宝7未年此地に一寺建立、寿延坊を寺号に仕候旨板倉石見守様え奉願候得共不相叶、重て寺建立仕間鋪段地改之御方えも証文差上申候、尤古来より有来り候儀に付、墓所に仕度旨猶又奉願候処、御吟味の上同所坪数の内西南の方にて二百坪御免被仰付、右坪数之外680坪余の分、新規屋作等も仕間敷旨、且表入口は只今迄の通り、抱屋敷惣構相成り竹垣に可差置旨願之通被仰付、同所名主えも被仰渡所持仕来候処、後年貢諸役等多分の場所に付、天明5巳年11月檀縁高島朔庵え地所不残譲り渡申候。檀家開基の儀は其節当地え改葬仕候。最初寄進の人日有儀は当寺5代目世代に相立置申候。
と見えるが如く、延宝当時寺院を新設することの漸く困難なることが察し得られる。(延享にも新寺設立は禁令されている)猶ここに百姓九左衛門とあるのは、新編武蔵風土記稿に記した島田久左衛門のことであろう。久左衛門は大久保村の富豪で、土地寄進などは容易に為し得た人物であった。(四谷南寺町界隈より)


法恩寺の周辺図


大きな地図で見る


経営革新等支援期間

梅本会計事務所

葬儀社紹介・葬儀相談

葬儀支援ネット

新宿区の葬儀

落合斎場

決算申告駆け込みセンター
会社設立・起業サポートセンター