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四谷於岩稲荷田宮神社|新宿区左門町の神社、於岩稲荷、四谷怪談

四谷於岩稲荷田宮神社の概要

四谷於岩稲荷田宮神社は、江戸幕府の御家人田宮家の屋敷社でしたが、田宮於岩にあやかって於岩を合祀し於岩稲荷と称されるようになりました。

四谷於岩稲荷田宮神社
四谷於岩稲荷田宮神社の概要
社号 四谷於岩稲荷田宮神社
祭神 豊受比売大神、田宮於岩命
相殿 -
境内社 -
住所 新宿区左門町17
備考 -



四谷於岩稲荷田宮神社所蔵の文化財

  • 田宮稲荷神社跡(東京都旧跡)

東京都教育委員会掲示による田宮稲荷神社跡

文化文政期に江戸文化は爛熟期に達し、いわゆる化政時代を出現させた。歌舞伎は民衆娯楽の中心になった。「東海道四谷怪談」の作者として有名な四代目鶴屋南北[金井三笑の門人で幼名源蔵、のち伊之助、文政12年(1829)11月27日歿]も化政時代の著名人である。「東海道四谷怪談」の主人公田宮伊左衛門(南北の芝居では民谷伊右衛門)の妻お岩を祀ったお岩稲荷神社の旧地である。物語は文政10年(1827)10月名主茂八郎が町の伝説を集録して、町奉行に提出した。「文政町方書上」にある伝説を脚色したものである。明治5年ごろお岩神社を田宮稲荷と改称し、火災で一時移転(中央区新川の於岩稲荷田宮神社)したが、昭和27年再びここに移転したものである。(昭和43年3月1日建設 東京都教育委員会)

東海道四谷怪談について

御先手同心田宮又兵衛(実名は田宮伊蔵)の娘お岩が一人のみなので浪人を養子にしたが、お岩は大患いして頗る醜女となったので、婿伊右門が之をきらい、隣家の伊藤家の妾と通じお岩につらく当って殺した。それより田宮家や伊藤家に様々な怪奇があったので、四ツ谷鮫ヶ橋南町の妙行寺の住職が追善供養をしてこの霊を鎮め、田宮邸のあとに於岩稲荷を建ててその霊を祀った。妙行寺は今は豊島区西巣鴨4丁目に移り、お岩の墓もあって得詮院妙念日正大姉という五輪塔の墓が存し、今なお参詣者が多い。
四谷のお岩稲荷は明治13年に京橋越前掘1の4に田宮神社(中央区新川の於岩稲荷田宮神社)として移転したが、何時かまた元へ戻ったようである。(四谷南寺町界隈より)


四谷於岩稲荷田宮神社の周辺図