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中井御霊神社|新宿区中井の神社、備射祭

中井御霊神社の概要

中井御霊神社は、新宿区中井にある御霊神社です。中井御霊神社の創建年代は不詳ですが、古くから当地(落合村小名中井)の鎮守として祀られていました。当社で行われる備射祭は、葛谷御霊神社と共に新宿区の指定民俗文化財となっています。

中井御霊神社
中井御霊神社の概要
社号 御霊神社
祭神 仲哀天皇・応神天皇・神功皇后・仁徳天皇・武甕槌神
相殿 -
境内社 稲荷神社、三峯社、八雲社
住所 新宿区中井2-29-16
祭日 備射祭1月13日
備考 -



中井御霊神社の由緒

中井御霊神社の創建年代は不詳ですが、古くから当地(落合村小名中井)の鎮守として祀られていました。当社で行われる備射祭は、葛谷御霊神社と共に新宿区の指定民俗文化財となっています。

東京都神社名鑑による中井御霊神社の由緒

往古より落合村小名中井の鎮守で、安産の神として崇敬厚く、『新編武蔵国風土記稿』に「五霊社ほおびしゃ祭を行う、六の日安産の祈祷をなす、神前の紅白の帛布を頒ち、紅布を得れば女子、白布を授かれば男児を挙ぐべしとの伝記があって遠近の賽者が絶えない」と載せられている。景行天皇の四十年、日本武尊諸族を討夷して皇威を皇国に伸展された時、神孫の一族この地に故郷大和国の氏神御霊社を鎮斎したのが創祀の起源とされている。(新編武蔵風土記稿より)

新編武蔵風土記稿による中井御霊神社の由緒

御霊社。
祭神は神功皇后なり。例祭9月なり是をびしや祭と号す。又安産の腹帯を出す。最勝寺持。
末社、稲荷。(新編武蔵風土記稿より)

新宿区の文化財ガイドマップによる中井御霊神社の由緒

落合台地に上る八の坂をのぼり切ったところが中井御霊神社である。創建は不明だが、古くから落合村中井の鎮守であった。祭神は仲哀天皇・応神天皇・仁徳天皇・武甕槌神の四柱である。
拝殿内には、江戸時代に奉納された備射祭絵馬【区指定文化財】が掲げられている。縦95cm、横140cmの額で、裏には享保頃から三度にわたって備射祭の絵馬が奉納されたことや、文政13年(1830)に修復し再奉納されたことが書かれている。左上に社殿、右下に鳥居を措いた構図で、社殿の前には僧侶がおり、その背後には弓矢が置かれている。また鳥居の近くには的が描かれている。僧侶は江戸時代に当社の別当であった地蔵院(註:地蔵院ではなく最勝寺)の僧と推定されているが、当時の備射祭の模様や風俗を措いた絵馬として史料価値も高く優れた作品である。この備射祭【区指定文化財】は現在も毎年1月13日に行なわれる。午後2時頃、拝殿で祭典と盃ごとがあり、弓射の式となる。的は拝殿から約20mのところに吊るされる。まず年男が鬼門に向って最初の矢を射る。次に的に向って矢を射る。続いて総代数人が次々に矢を射、最後に神主が射て終る。豊作と安産を祈った神事で、神社では弓弦の麻を小さく切ったものを安産のお守りとして希望者に貸授しており、現在も遠くから妊婦の参詣が多いという。
当社には備射祭の的を描く際にコンパスとして用いる分木【区指定文化財】も保存されている。竹を二つ割にし、先端に孔をあけ、ふちには筆記具をあてる刻みがつけてある。分木は二本あり、一本は表に漆銘で「永禄癸亥」「元和六年申年葛谷村江古分木、分ケ遣也」、裏に刻銘で「中井」とある。もう一本には表に線書きで「于時元和六年庚申、御五神之宮ことある。「永禄癸亥」は永禄六年(一五六三)で、この分木の存在は江戸時代以前にすでに備射祭が行なわれていたことを示している。
弓射の式が終ると、分木と松竹梅、大根で作った男根(オタカラ)を三宝に乗せて参列者一同に次々にまわすことになっている。
また当社には、雨乞のむしろ旗【区指定文化財】が保存されている。江戸時代、この地域の農民が雨乞いの行事で用いたむしろ旗である。縦23、横68cmで、「竜王神」と墨書してある。降水量が豊凶を支配する農業では干害にあうことが多く、とくに台地での農耕は潅漑水路の不備もあって干害がひどかった。そこでむしろ旗を立て竜神に降雨を願ったのである。現在のむしろ旗は幕末頃のものと推定されている。雨乞いの行事は関東大震災のころまで行なわれていたというが、素朴な農民の信仰がうかがわれる責重な民俗資料である(非公開)。
境内には区内最古の狛犬がある。正徳5年(1715)に落合村下落合の人々によって奉納されたもので、右側が口を閉じた叫形、左側が口を開いた阿形となっており、通常の配置と反対なのが珍しい。(新宿区の文化財ガイドマップより)


中井御霊神社所蔵の文化財

  • 中井御霊神社の備射祭(新宿区指定無形民俗文化財)
  • 中井御霊神社の分木(新宿区指定有形民俗文化財)
  • 中井御霊神社の備射祭絵馬(新宿区指定有形民俗文化財)
  • 雨乞いのむしろ旗(新宿区指定有形民俗文化財)

中井御霊神社の備射祭

備射祭は正月の弓神事(歩射)として弓矢で的を射て、その年の豊凶を占ったり、悪霊を駆除して豊作を祈る行事で、毎年1月13日に行われている。
式は、拝殿で祝詞奏上の後、盃の儀、弓射の式、祝宴の順で進行する。
的は筆を分木に当てて三重の円を書き、円の内側には二羽の鳥が描かれた紙が貼り付けてある。
なお、区内では葛谷御霊神社でも同じ1月13日に備射祭が行われている。(新宿区教育委員会掲示より)

中井御霊神社の分木

分木とは、中井御霊神社の正月の弓神事である備射祭の的を描く際用いる一種のコンパスである。
二本が残されているが、ともに竹を二つ割りにし、先端に孔をあけ、縁には切込みがみつえられている。
一本は長さ76.2cmで永禄6年(1563)の作、もう一本は長さ76.3cmで元和6年(1620)の作である。(新宿区教育委員会掲示より)

中井御霊神社の備射祭絵馬

江戸時代の備射祭の様子を描いた絵馬で、神社拝殿内に掲示されている。
額装・彩色・縦92cm、横120cmの大きな絵馬で、構図・描写力に優れた古雅な作風を示す。
絵馬には社前に座す僧侶や民衆の姿が見え、当時の備射祭の様式が現在とかなり異なっていたことがわかる。
備射祭の絵馬は享保頃より三度にわたり奉納されたが、この絵馬は、文政13年(1830)に修復して奉納したものである。(新宿区教育委員会掲示より)

雨乞いのむしろ旗

中井御霊神社の雨乞行事に用いられたむしろ旗で、八枚あったうち一枚だけ残ったものである。
文化・文政年間(1804-30)のものと推定され、縦182cm、横91cm、表には「龍王神」の墨書が、裏には龍図が描かれている。
なお、雨乞の行事は関東大震災頃まで行われていたという。(新宿区教育委員会掲示より)


中井御霊神社の周辺図




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