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大経寺|品川区南大井にある日蓮宗寺院

大経寺の概要

日蓮宗寺院の大経寺は、鈴森山と号し、鈴ヶ森刑場に立地する寺院です。大経寺は、鈴ヶ森刑場の無縁受刑者供養のため、鈴ヶ森刑場の開設前後に堂宇が建立されたと思われています。史料によると、明治4年(1871)刑場廃止と同時に「旭松庵」と称し、昭和17年(1942)品川蓮長寺42世慈洽院日完上人を開山として大経寺としたといいます。

大経寺
大経寺の概要
山号 鈴森山
院号 -
寺号 大経寺
住所 品川区南大井2-5-6
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 鈴ヶ森刑場遺跡



大経寺の縁起

大経寺は、鈴ヶ森刑場の無縁受刑者供養のため、鈴ヶ森刑場の開設前後に堂宇が建立されたと思われています。史料によると、明治4年(1871)刑場廃止と同時に「旭松庵」と称し、昭和17年(1942)品川蓮長寺42世慈洽院日完上人を開山として大経寺としたといいます。

鈴森山大経寺栞による大経寺の縁起

当寺は、鈴ヶ森刑場が開設された慶安4年(1651)と前後して堂宇が建立されたらしい。度々の台風等により建物を失い、その都度再建された様であるが、記録がない為その間の様子を詳しく知る事は出来ない。明らかな文章によると、文久2年(1862)大井村名主大野貫蔵が中心となり、刑場に隣接して百姓番小屋を建立し内々に本尊を安置、密かに刑場受刑者の供養を行うように成ったのを始めと伝えられる。その後、明治4年(1871)刑場廃止と同時に「旭松庵」と称して、無縁受刑者供養を専らとし、檀家を持つことなく今日に至っている。
その間、昭和17年(1942)品川蓮長寺42世慈洽院日完上人を開山として、寺号公称を行い「鈴森山大経寺」と成り、第2世小越妙誠法尼の時代に戦争を経て建物を維持、昭和29年、国の区画整理事業により寺域を大幅に失い縮小された現地に移り、平成2年老朽化した建物を全面改良し、近代的寺院として再建、今日を迎えた。(鈴森山大経寺栞より)


大経寺所蔵の文化財

  • 鈴ヶ森遺跡(東京都指定旧跡)

鈴ヶ森遺跡(指定昭和29年11月3日)

寛政11年(1797)の大井村「村方明細書上」の写によると、慶安4年(1651)に開設された御仕置場で、東海道に面しており、規模は元禄8年(1695)に実施された検地では、間口40間(74m)、奥行9間(16.2m)であったという。
歌舞伎の舞台でおなじみのひげの題目を刻んだ石碑は、元禄6年(1693)池上本門寺日顗の記した題目供養塔碑で、処刑者の供養のために建てられたものである。大経寺境内には、火あぶりや、はりつけに使用したという岩石が残っている。
ここで処刑された者のうち、丸橋忠弥、天一坊、白井権八、八百屋お七、白木屋お駒などは演劇などによってよく知られている。
江戸刑制史上、小塚原刑場とともに重要な遺跡である。(東京都教育委員会)

大経寺の周辺図


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