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妙昌寺。川越市三光町にある日蓮宗寺院

妙昌寺の概要

日蓮宗寺院の妙昌寺は、法眞山と号します。妙昌寺は、永和元年(1375)幸町の地に開創、寛保元年当地へ移転したといいます。小江戸川越七福神の弁財天ともなっている当寺の辨財天は、室町時代に地頭某が法華経を書写した 小石を積み上げて造った塚に祀ったものだといい、"経ヶ嶋辨財天"と称し、太田道灌も川越城の鬼門除けとして尊崇したといいます。

妙昌寺
妙昌寺の概要
山号 法眞山
院号 -
寺号 妙昌寺
住所 川越市三光町29-1
宗派 日蓮宗
本尊 -
葬儀・墓地 -
備考 小江戸川越七福神の弁財天



妙昌寺の縁起

妙昌寺は、永和元年(1375)幸町の地に開創、寛保元年当地へ移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による妙昌寺の縁起

(野田村)妙昌寺
法眞山と號す、法華宗、荏原郡池上本門寺末なり、當寺は昔多賀町にありしを、天和元年ここに移されしとなり、中興開山を日意と云、寂年は詳にせず、三寶を本尊とす。
辨天社。當社は古よりの鎮座なれば地主の神と稱せり。
三十番神堂。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による妙昌寺の縁起

当山は、日蓮宗大本山池上本門寺の末寺として法眞山と号し、室町時代永和元年(一三七五年)現在の幸町に開創。諸堂は旧多賀町及び旧本町にあり総門は旧江戸町にあったが、江戸時代寛保元年松平伊豆守信綱公が川越城を改修するため、当寺を現三光町の旧浅場孫兵衛侍屋敷跡地に移築したものです。(境内掲示より)

境内掲示による経ヶ嶋辨財天について

室町時代、時の地頭が小石に法華経を書写し、塚を築いて辨財天をまつって守護神としたのが始まりです。
江戸時代、長禄元年に、太田道灌公が川越城を築城する際、辨財天の社が川越城の裏鬼門に向いていたことから、鬼門除けの守護神として尊崇(信仰)厚かったと伝えられています。(境内掲示より)


妙昌寺の周辺図




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