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馬込八幡神社|大田区南馬込の神社、馬込村総鎮守、旧村社

馬込八幡神社の概要

馬込八幡神社は、大田区南馬込にある八幡神社です。馬込八幡神社は、建久4年(1193)渡辺対馬守正久が、岩清水八幡宮の分霊を勧請、翌年遷宮したといわれます。江戸期には旧馬込村の総鎮守、明治期には、村社に定められていました。

馬込八幡神社
馬込八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 品陀和気命
相殿 -
境内社 稲荷神社(保食命)、氷川神社(素盞嗚命)、三峯神社(伊弉册命)、御霊社(馬込全町の戦没者霊)
住所 大田区南馬込5-2-11
備考 旧馬込村鎮守、旧村社、元別当:長遠寺



馬込八幡神社の由緒

馬込八幡神社は、建久4年(1193)渡辺対馬守正久が、岩清水八幡宮の分霊を勧請、翌年遷宮したといわれます。江戸期には旧馬込村の総鎮守、明治期には、村社に定められていました。

「大田区の神社」による馬込八幡神社の由緒

建久4年(1193)に、馬込の松原(北馬込2丁目付近)にいた、源頼朝の家臣の渡辺対馬守正久が、京都岩清水八幡宮の分霊を勧請し、翌建久5年(1194)の秋に正遷宮を行ったといわれています。その後、荒廃したものを、文化13年(1816)、馬込村の名主高山幸右衛門等が再興したといわれている。旧馬込村の総鎮守である。(「大田区の神社」より)

新編武蔵風土記稿による馬込八幡神社の由緒

(馬込村)八幡社
除地一段二畝十歩、村の中央木原専三郎白長が采邑の内にて、社地も地頭より所務を免除すと云、勧請の年歴詳ならず、今村内の總鎮守とす、身體は正八幡にして甲冑を帶し馬に乗たる画像なり、本社二間半に三間、拝殿二間に四間、前に石の鳥居をたつ、祭禮年々九月十五日、いかなるゆへにや昔より村内小名十三谷と云所の百姓等、よりつどひて神楽を奏するを永式とす。
末社稲荷社。僅なる祠なり。
疫神社。これも同じ。(新編武蔵風土記稿より)


馬込八幡神社の周辺図




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