道場寺|練馬区石神井台にある曹洞宗の寺院
道場寺の概要
曹洞宗の道場寺は、豊島山無量院と号し、文中元年(北朝応安5年、1372年)、当時の石神井城主豊島景村の養子輝時(北条高時の孫)が、大覚禅師を招いて創建されました。武蔵野三十三観音霊場2番です。
| 山号 | 豊島山 |
|---|---|
| 院号 | 無量印 |
| 寺号 | 道場寺 |
| 住所 | 練馬区石神井台1-16-7 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | 武蔵野三十三観音霊場2番 |
道場寺の縁起
道場寺は、文中元年(北朝応安5年、1372年)、当時の石神井城主豊島景村の養子輝時(北条高時の孫)が、大覚禅師を招いて創建されました。
練馬の寺院による道場寺の縁起
「新編武蔵風土記稿」に「道場寺 禅宗曹洞派。荏原郡世田谷村勝光院末。豊島山無量院ト称ス。本尊阿弥陀。又行基ノ作ノ薬師ヲ安ス。元ハ別堂ニアリシモノナリ。当寺ハ石神井城主豊島左近太夫景村ノ養子。豊島兵部大輔輝時。応安5年4月10日。此地ニオイテ菩提寺ヲ起立シ。豊島山道場寺ト号シ。僧大岳ヲ延テ開山トナシ。練馬郷ノ内62貫500文ノ地ヲ寄附ス。其頃ハ済家ナリト云。輝時ハ北条高時ノ子相模次郎時行ノ長子ナリ。其家滅亡ノ後景村養ヒテ豊島ノ家ヲ継シメシトナリ。事ハ過去帳ニ詳ナリ。輝時永和元年7月7日卒ス。勇明院正道一心ト謚名ス。中興開山観堂。慶長6年5月26日寂ス。此時今ノ派ニ改ム。時ノ開基徳翁宗隣ハ。小田原北条氏ニ仕えシ石塚某ノ子ニテ。幼ヨリ仏心深ク遂ニ剃髪シテ僧トナリ。観堂トカヲ戮セ堂宇ヲ再建セリ。慶長10年8月朔日寂ス。」とある。(以下省略)(練馬区教育委員会掲示より)
練馬区教育委員会掲示による道場寺の縁起
道場寺は、豊島山といい曹洞宗の寺です。
この寺は、文中元年(北朝応安5年、1372年)、当時の石神井城主豊島景村の養子輝時(北条高時の孫)が、大覚禅師を招いて建てたもので、その時、輝時は自分の土地を寺に寄附して、豊島氏代々の菩提寺としたと伝えられています。
今でも豊島氏の菩提が弔われ、境内には文明9年(1477)太田道灌に滅ぼされた豊島氏最後の城主泰経や一族の墓と伝えられる石塔3基があります。
道場寺には、北条氏康印判状が所蔵されています。この古文書は、永禄5年(1562)4月21日、小田原の北条氏康(1515-71)から禅居庵にあてて発給した虎の朱印状です。内容は、道場寺分の段銭、懸銭などの税金を免除するもので、練馬区内では、現在のところ練馬区に関係する唯一の後北条氏の文書です。
境内の三重塔(昭和48年建築)内には、人間国宝であった香取正彦作の金銅薬師如来像が置かれ、その台座にはスリランカより拝受の仏舎利が奉安されています。(練馬区教育委員会掲示より)
道場寺にある練馬区文化財
- 北条氏康印判状(練馬区指定文化財)
- 文応元年(1260)の弥陀板碑(練馬区登録文化財)
道場寺の周辺図
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道場寺山門
道場寺鐘楼
道場寺三重塔