金乗院|練馬区錦にある真言宗豊山派の寺院、豊島八十八ヶ所霊場、御朱印寺
金乗院の概要
真言宗豊山派の金乗院は、如意山金乗院萬徳寺と号し、僧行栄が文禄年間(1592-6)に建立したと言われ、寺領18石9斗余の御朱印寺で、中本寺格の寺院でした。文久元年(1861)、門前にあった須賀神社の祭りの時火災に遭い全焼、昭和32年に再建しました。豊島八十八ヶ所霊場32番札所です。
| 山号 | 如意山 |
|---|---|
| 院号 | 金乗院 |
| 寺号 | 萬徳寺 |
| 住所 | 練馬区錦2-4-28 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | 豊島八十八ヶ所霊場32番札所 |
金乗院の縁起
金乗院は、僧行栄が文禄年間(1592-6)に建立したと言われ、寺領18石9斗余の御朱印寺で、中本寺格の寺院でした。文久元年(1861)、門前にあった須賀神社の祭りの時火災に遭い全焼、昭和32年に再建しました。
練馬区教育委員会掲示による金乗院の縁起
金乗院は、如意山金乗院萬徳寺といい、真言宗豊山派の寺で本尊は愛染明王です(豊島八十八ヶ所霊場第32番札所)。
「新編武蔵風土記稿」によると、開山僧は行栄、開基は大木大炊介。慶安2年(1649)には寺領18石9斗余の御朱印を賜りました。寺の沿革によれば、僧行栄が文禄年間(1592-6)に開いたと記されています。
山門は三代将軍徳川家光公使用の門、本堂前のイチョウも将軍お手植えと伝えられています。墓地には下練馬村名主、内田家や木下家の墓があります。
「練馬の寺院」による金乗院の縁起
「新編武蔵風土記稿」に「金乗院 新義真言宗。大和国初瀬小池坊末。如意山萬徳寺ト号ス。本尊愛染ヲ安ス。又不動ヲ置リ。コハ古ノ本尊ト云。寺領18石9斗余ノ御朱印ハ。慶安2年11月17日賜ヘリ。開山行栄。元和3年5月27日寂ス。開基ヲ木下大炊介ト云。慶長17年8月24日死シ。法名光明院台法道巌ト云者残レリ。」とある。
金乗院沿革によると、僧行栄が文禄年間(1592-6)に建立したと言われる。文久元年(1861)に、現平和台2丁目にある須賀神社が当時金乗院前にあり、その祭りの日に火災に見舞われ、本尊を除いて全部が焼失したため、すべてがはっきりしない。その後、末寺明王山松林寺(現自衛隊西側、墓地だけが残っている)に本堂を移して昭和29年(1954)まで仮本堂として使用していたが、昭和32年(1957)鉄筋コンクリート造りの本堂を建立して今日に至っている。
慶安2年(1649)11月、三代将軍家光公より18石9斗の御朱印を賜った中本寺格の寺であった。明治維新までに、清性寺(北町2-41にあった)、阿弥陀堂(北町2-18、現存)、威徳院(豊島園附近にあった)、松林寺、高徳寺(北町5丁目歩道橋附近にあった)、東林寺(金乗院門前にあった)等を合併した。
現存する円明院、光伝寺、荘厳寺等は第二次大戦までは当寺の末寺であった。
金乗院にある練馬区文化財
- 金乗院の一石六地蔵(練馬区登録有形民俗文化財)
- 金乗院の朱印状(練馬区登録有形文化財)
金乗院の一石六地蔵(平成6年3月登録)
明暦2年(1656)銘。船形の石に六地蔵が浮き彫りされている月待供養塔です。
金乗院の朱印状(平成9年3月登録)
三代将軍家光から14代将軍家茂(万延元年・1860)までの寺領18石9斗余を安堵した古文書。(非公開)
金乗院の周辺図
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金乗院参道
金乗院山門
金乗院大師堂
金乗院鐘楼
金乗院檀信徒会館