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溝口神社。川崎市高津区溝口の神社

溝口神社の概要

溝口神社は、川崎市高津区溝口にある神社です。溝口神社の創建年代等は不詳ながら赤城神社と称して溝の口村の鎮守社だったといいます。明治維新後、伊勢皇大神宮よりから分霊を勧請して祭神を天照皇大神に改めて、溝口神社と改称、明治6年村社に列格したといいます。

溝口神社
溝口神社の概要
社号 溝口神社
祭神 天照皇大神
相殿 -
境内社 -
祭日 9月15日前後の土日曜日
住所 川崎市高津区溝口2-25-1
備考 -



溝口神社の由緒

溝口神社の創建年代等は不詳ながら赤城神社と称して溝の口村の鎮守社だったといいます。明治維新後、伊勢皇大神宮よりから分霊を勧請して祭神を天照皇大神に改めて、溝口神社と改称、明治6年村社に列格したといいます。

新編武蔵風土記稿による溝口神社の由緒

(溝の口村)赤城社
字上宿にあり、村の鎮守なり、勧請の年代を知らず、本社二間に三間拝殿二間、石の鳥居を建、共に巽に向ふ、神體は女神男神の二體なり、其さま男神は毘沙門に似たるものにて、右手に玉を持つ、女神は辨財天の如き像、例祭は八月十五日、宗隆寺の持なり、村内の社皆同じ。
稲荷社。本社に向て左にあり、中宿の鎮守なり、末社とはいへど自から一社をなす。
番神堂。僅なる堂にて稲荷の並びにあり。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による溝口神社の由緒

創立の年代は詳らかでないが、当神社保存の棟札によれば宝永五年武州橘樹郡稲毛領溝ノ口村鎮守赤城大明神の御造営を僧修禅院日清が修行したと記されており、「赤城大明神」と称されていたことが知られる。明治維新後溝口村、高津村、下宿、中宿、片町、六間町、六番組の各地区を統合し総鎮守として新に伊勢皇大神宮より御分霊を奉迎し、御祭神を改めて溝ノ口神社と改称、明治六年幣帛料供進指定の村社に列せられた。昭和十年氏子一統の奉賛により壮大な現社殿の造営をなし、引き続き社務所の新築、鳥居、玉垣、参道等を整え現在に至っている。咋今当地は京浜工業地帯の発展と共に新興住宅地の発展が進み川崎市西北部の中心として繁栄するに伴い、附近唯一の神社として氏子のみならず広く尊崇され神威赫々として隆盛を極めている。神社庁指定神社。(神奈川県神社誌より)


溝口神社の周辺図


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