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銀杏八幡宮|中央区日本橋蛎殻町の神社

銀杏八幡宮の概要

銀杏八幡宮は、中央区日本橋蛎殻町にある神社です。銀杏八幡宮の創建年代等は不詳ながら、福井藩常盤橋松平氏の邸内鎮守として祀られていたといい、御祭神を社殿にお祀りしたのは安永4年(1775)だといいます。

銀杏八幡宮
銀杏八幡宮の概要
社号 銀杏八幡宮
祭神 誉田別尊
相殿 -
境内社 銀杏稲荷神社
住所 中央区日本橋蛎殻町1-7-7
備考 神道大教院所属



銀杏八幡宮の由緒

銀杏八幡宮の創建年代等は不詳ながら、福井藩常盤橋松平氏の邸内鎮守として祀られていたといい、御祭神を社殿にお祀りしたのは安永4年(1775)だといいます。

「中央区史」による銀杏八幡宮の由緒

社前に銀杏の大樹あるをもって銀杏八幡と称するが、社伝は詳らかでない。銀杏は震災に焼けて枯死した。(「中央区史」より)

境内掲示による銀杏八幡宮の由緒

御創建は不詳、大正12年(1923)9月の関東大震災で社殿が焼失する。御祭神を社殿にお祀りしたのは安永4年(1775)9月27日だが、当時境内には天空を覆ううっそうとそびえたつ大銀杏があり、その樹齢は300-400年と見られていたことから、御創立はそれ以前と考えられます。
本宮は、旧福井藩常盤橋松平氏の御屋敷の鎮守として祀られ、松平家はもとより家臣の崇敬を集め、武運長久・家運繁栄を祈願された。その霊験、日々あらたかにより各々ご守護あらせられ、明治維新廃藩置県を迎えた。
その後、いつとはなく松平家の領地に住む蛎殻町民の熱烈なる信仰により、郷土の氏神様となり、年々敬虔なる真心をもって祭祀を守り終戦となる。 戦後に祀職森田耕造、宗教法人令に基づいて宮委員会の決議をもって神道大教院所属「銀杏八幡宮」を設立、昭和21年12月15日更に宗教法人法による東京都知事より認証を得て現在に至った。
八幡宮を祀る神社は中央区で本宮が唯一の存在である。
尚、境内社の銀杏稲荷神社の創立は本宮創立の以前と思われる。
明治になって、文豪谷崎潤一郎は銀杏八幡のお神楽が月に一度の楽しみだったと「幼少の時代」で書いている。(境内掲示より)


銀杏八幡宮の周辺図