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慈眼寺|習志野市鷺沼にある真言宗豊山派寺院

慈眼寺の概要

習志野市鷺沼にある真言宗豊山派寺院の慈眼寺は、蓬莱山普門院と号します。慈眼寺の創建年代等は不詳ながら、出羽三山の檀那場御祈祷帳による慈眼寺の住職が延宝四年(1676)に登拝した記録があることから、江戸時代初期には既に創建していたことがわかります。習志野七福神の大黒天です。

慈眼寺
慈眼寺の概要
山号 蓬莱山
院号 普門院
寺号 慈眼寺
住所 習志野市鷺沼3-6-30
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



慈眼寺の縁起

慈眼寺の創建年代等は不詳ながら、出羽三山の檀那場御祈祷帳による慈眼寺の住職が延宝四年(1676)に登拝した記録があることから、江戸時代初期には既に創建していたことがわかります。

「習志野市史」による慈眼寺の縁起

慈眼寺
鷺沼村の慈眼寺は本尊が聖観世音菩薩で、蓬莱山普門院慈眼寺と号し、馬加村宝幢寺を本寺としている。明治初期の本堂の規模は間口四間・奥行四間であった。この寺も創建年次は不詳であるが、出羽三山の檀那場御祈祷帳によると、延宝四年(一六七六)六月には、慈眼寺の住職が先達として村人二二人と出羽三山に登拝していることから、やはり近世初期にはすでに創建されていたものと考えられる。江戸時代後期の住職は、文政九年(一八二六)一〇月に竜賢が入寺し、天保八年(一八三七)二月になると高根村(現千葉市)の西光寺の僧が住職となり、さらに同一四年一〇月覚全が住職となっている。そして覚全は文久元年(一八六一)三月に隠居を申し出たため、檀家では後住を上飯山満村(現船橋市)の光明寺に頼んでいる。西光寺と光明寺は宝幢寺を本寺とする寺院ではないが、同じ新義真言宗のなかでこのように他の系統の寺院に後住を依頼することはよくみられた。(「習志野市史」より)


慈眼寺の周辺図


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