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深光寺|文京区小日向にある浄土宗寺院

深光寺の概要

浄土宗寺院の深光寺は、清水山松林院と号します。深光寺は、戸崎町蓮社善誉上人(延宝8年寂)が開山、深光院殿法誉宗沢居士(俗名森源七郎、寛永20年寂)が開基となり、寛永16年(1639)創建したといいます。昭和2年茗荷谷町良念寺を合併したといいます。当寺には、小石川七福神の恵比寿様が安置されています。

深光寺
深光寺の概要
山号 清水山
院号 松林院
寺号 深光寺
住所 文京区小日向4-9-5
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 小石川七福神の恵比寿様



深光寺の縁起

深光寺は、戸崎町蓮社善誉上人(延宝8年寂)が開山、深光院殿法誉宗沢居士(俗名森源七郎、寛永20年寂)が開基となり、寛永16年(1639)創建したといいます。森源七郎は、徳川家康、家忠、家光の三代にわたり御用係として仕えていたといいます。昭和2年茗荷谷町良念寺を合併したといいます。

東京名所図会による深光寺の縁起

深光寺
(小日向茗荷谷町)二十八番地にあり、清水山と號す、浄土宗傳通院末、門内右に鐘撞堂あり、正面は本堂にして、堂前卵塔の中に瀧澤馬琴の墓あり。
以上四箇寺院は寺門を並べて、丘陵石段の上にあり。(東京名所図会より)

東京名所図会による深光寺の縁起

清林山松林院深光寺。浄土宗鎮西派、傳通院の末寺。本尊は阿彌陀如来。當寺の開創は寛永十六年八月で開山は顯蓮社善譽上人(延宝八年八月二十八日遷化)、開基森源七郎(法名、信光院殿法譽宗澤居士、寛永元年十月二十八日歿)である。當寺は小石川西岸寺末であつたが、元禄五年傳通院末になつた。文政時代には境内除地五百五十二坪餘、持添地百七十坪半、年貢抱地百五十坪あつた。昭和二年茗荷谷町良念寺を合併し、又境内に江戸時代小説の大家滝澤馬琴の墓があるので名高い。
良念寺は玉樹山と云ひ、元戸崎町法傳寺の末寺であつた。本尊は阿彌陀如来、開山は圓蓮社本譽上人で初めは本郷二丁目に在つたが、寛永七年小日向村茗荷谷に移轉し、文政には境内地七百六十八坪を有してゐた。(東京名所図会より)

深光寺所蔵の文化財

  • 滝沢馬琴墓(文京区指定史跡)

滝沢馬琴墓(文京区指定史跡)

馬琴は江戸の人。明和4年~嘉永元年(1767~1848)。江戸時代後期の著名な戯作者。南総里見八犬伝、椿説弓張月など、多数の作品を残した。著作堂、蓑笠、玄同など多くの別号をもち、晩年は髪をおろして、曲亭馬琴と号した。
墓碑には、馬琴の法名「著作堂隠誉蓑笠居士」と、馬琴より先に没した妻お百の法名「黙誉静舟到岸大姉」があり、台石には、馬琴の蔵書印といわれる家型の模様が刻まれている。江戸時代後期の著名な戯作者の墓として歴史的価値が高い。(墓は本堂左わき)
なお、馬琴の墓の後左側には、晩年、失明した馬琴を助け、南総里見八犬伝を完成させた、嫁の路女が眠る墓がある。法名・操誉順節路霜大姉。(文京区教育委員会掲示より)


深光寺の周辺図



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