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法傳寺|文京区白山にある浄土宗寺院

法傳寺の概要

浄土宗寺院の法傳寺は、遍照山光明院と号します。法傳寺は、知恩院三十三世圓譽上人が開山となり慶長7年(1602)本郷二丁目に創建、明暦の大火により類焼し、当地へ移転したといいます。

法傳寺
法傳寺の概要
山号 遍照山
院号 光明院
寺号 法傳寺
住所 文京区白山2-12-22
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



法傳寺の縁起

法傳寺は、知恩院三十三世本蓮社圓譽上人廓源和尚が開山となり慶長7年(1602)本郷二丁目に創建、明暦の大火により類焼し、当地へ移転したといいます。

「小石川區史」による法傳寺の縁起

遍照山法傳寺。浄土宗鎮西派、増上寺末。本尊阿彌陀如来。京都知恩院三十三世の本蓮社圓譽上人廓源和尚が慶長七年本郷二丁目に一寺を建立したのが當寺の開創で、明暦三年の大火に罹り、本郷が御用地となつたので、現在の地に替地を拝領して移轉した。江戸時代には境内拝領地二千二百二十六坪あり、その中には門前町屋も含まれてゐた。末寺には小日向良念寺、(今は深光寺と合併した)及び下谷池之端心行寺の二寺を有してゐた。(「小石川區史」より)

東京名所図会による法傳寺の縁起

法傳寺
(戸崎町)七十七番地にあり。遍照山光明院と號す。京都知恩院末。慶長七壬寅年起立。開山は知恩院三十三世圓譽上人なり。寺地始は本郷二丁目(此地の跡を今も法傳寺横丁と云)にありしが明暦三丁酉年類焼して此地に遷れる由。小石川志料に記せり。
又同書(三)云。
江戸砂子富坂にあり。
案に。今は御殿坂下。戸崎町にあり。己前は富坂にありしや未だ聞かず。
境内表三十間。裏六十七間。
観音堂。本堂に向ひ左にあり。額。如意輪観音。僧正寺大僧正智堂書とあり。
近年類焼せりや。舊本堂なく。観音堂なく。只新築の一宇。
假本堂あるのみ。境内荒廃し。墓石累々。雑草の間に埋没せり。(東京名所図会より)


法傳寺の周辺図


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