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長円寺|足立区千住にある新義真言宗寺院

長円寺の概要

新義真言宗の長円寺は、月松山照光院と号します。長円寺は、出羽湯殿山の行者雲海が寛永4年(1627)当地に庵を結び、後に賢俊が開山したといいます。荒川辺八十八ヶ所霊場47番札所、荒綾八十八ヶ所霊場62番札所です。

長円寺
月松山長円寺の概要
山号 月松山
院号 照光院
寺号 長円寺
住所 足立区千住4-27-5
本尊 薬師如来
宗派 新義真言宗
葬儀・墓地 -
備考 荒川辺八十八ヶ所霊場47番札所、荒綾八十八ヶ所霊場62番札所



長円寺の縁起

長円寺は、出羽湯殿山の行者雲海が寛永4年(1627)当地に庵を結び、後に賢俊が開山したといいます。

足立区教育委員会掲示による長円寺の縁起

新義真言宗の当寺は、延享元年(1744)の縁起によると、寛永4年(1627)出羽湯殿山の行者、雲海がここに庵を結ぶ、とある。後に、賢俊が開山する。九代将軍家重の延享年間16世栄照の代は、殊に栄えた。
本尊は木造の薬師如来小立像であり、定朝風の名作である。
扁額「月松山」は、明治2年(1869)、当地の寺子屋「群雀堂」三代の校主、正木健順の筆である。「心香り尼碣」は、同じく二代校主、正木大助の撰文で、心香尼の人となりと叙したものである。
その他、魚藍観音・目やみ地蔵・宝篋印塔(享保17年)・乳泉石等がある。(足立区教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による長円寺の縁起

(千住町四町目)長圓寺
新義真言宗、本木村吉祥院末、月松山と號す、本尊不動を安す、當寺に乳泉石と云石あり、是を削りて婦人乳の出る符とせり、思ふに晶乳なるべし。(新編武蔵風土記稿より)

足立風土記資料寺院明細による長円寺の縁起

小本寺吉祥院末 東京府管轄武州足立郡千住宿北組 月松山 長円寺
創立年暦不詳、賢俊開山、色衣ハ香衣一色寺格。
第12世住職栄秀、壬申49歳。東京府管轄武州足立郡千住北宿農田原与吉二男、天保7年11月21日同管轄同州葛飾郡下千葉邑正王寺ニ於テ得度、弘化3年同州同郡柳原邑理性院ヨリ移転、和州城上郡初瀬本山小池坊留学10ヶ年。
弟子常幢、壬申47歳。同管轄同州同郡同宿北組須藤右衛門二男、嘉平6年5月28日於長円寺得度、小池坊留学4ヵ年。以上僧二人。
境内、但除地、3反1畝10歩。檀家83軒。門末庵室等無之。


長円寺の周辺図


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