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光輪寺|足立区本木にある真言宗系単立寺院

光輪寺の概要

真言宗系単立の光輪寺は、吹塚山と号します。光輪寺は、貞治3年(1364)の創建と伝えられ、江戸時代には吉祥院の隠居寺であったといいます。大正時代の荒川開削工事に伴い当地へ移転しました。荒川辺八十八ヶ所霊場32番札所、荒綾八十八ヶ所霊場83番札所です。

光輪寺
光輪寺の概要
山号 吹塚山
院号 -
寺号 光輪寺
住所 足立区本木1-26-25
宗派 真言宗系単立
葬儀・墓地 -
備考 荒川辺八十八ヶ所霊場32番札所、荒綾八十八ヶ所霊場83番札所



光輪寺の縁起

光輪寺は、貞治3年(1364)の創建と伝えられ、江戸時代には吉祥院の隠居寺であったといいます。大正時代の荒川開削工事に伴い当地へ移転しました。

「ブックレット足立風土記西新井」による光輪寺の縁起

光輪寺(本木1−26)
寺の創建は古く、1364(貞治3)年と伝えられています。1559(永禄2)年の「北条家所領役帳」という資料には、豹徳軒(もと扇谷上杉氏の家臣上田氏の一族)の知行地に「十五貫文 渕江 香林寺分」とあり、ここに記された香林寺とは、光輪寺をさしていると考えられています。江戸時代には吉祥院住職の隠居寺であった(「新編武蔵風土記稿」)といいますが、現在は和歌山県根来寺を本寺とする新義真言宗に属しています。荒川放水路の開削工事により、寺の敷地はほとんどがその中に入ってしまうことになったため、本木村5535番地から271番地(現在地)に移転することになり、1918(大正7)年に移転が終わったことを届け出ました。(「ブックレット足立風土記西新井」より)

新編武蔵風土記稿による光輪寺の縁起

光輪寺
吹塚山と號す、貞治三年に開きし寺にて、本寺吉祥院の住僧隠棲の地なりと云、本尊観音を安ず。(新編武蔵風土記稿より)

光輪寺の縁起

小本寺吉祥院門徒 東京府管轄武州足立郡本木邑 吹塚山光輪寺
創立貞治3年、開山不詳、寺格無之
世代不詳住職祐啓、壬申23歳。埼玉県管轄武州埼玉郡松ノ木邑弥五郎三男、文久3年5月3日東京府管轄武州足立郡千住宿不動院ニ於テ得度、慶応3年3月21日入寺、和州城上郡初瀬本山小池坊留学4ヶ年。
境内、但除地、1反8畝15歩。檀家、無御座候。庵室等無之


光輪寺の周辺図


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