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東福寺。横浜市鶴見区鶴見にある真言宗智山派の寺院

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東福寺の概要

真言宗智山派寺院の東福寺は、子生山と号します。東福寺の創建年代は不詳ですが、東福寺二世本誉文覚が永正7年(1510)に入寂、第十世一智本覚が元亀2年(1571)に入寂といい、また過去帳にも明応3年(1494)前後の記録が残されていたことから1500年前後に創建したものと推定されます。東海三十三観音霊場14番、玉川八十八ヶ所霊場10番、東国八十八ヶ所14番、旧小机領三十三ヶ所10番、武相不動尊20番、浜七福神毘沙門天です。

東福寺
東福寺の概要
山号 子生山
院号 -
寺号 東福寺
住所 横浜市鶴見区鶴見1-3-5
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 東海三十三観音霊場14番、玉川八十八ヶ所霊場10番、東国八十八ヶ所14番、旧小机領三十三ヶ所10番、武相不動尊20番、浜七福神毘沙門天



東福寺の縁起

東福寺の創建年代は不詳ですが、醍醐勝覚僧(大冶4年1129年寂)が寛治年間(1087~94)に創建したと伝えられます。東福寺の観音堂は、松平定信や備前少将治政、出雲少将治郷などからも扁額の書を寄せられ、参詣者も多かったといい、東海三十三観音霊場14番、玉川八十八ヶ所霊場10番、東国八十八ヶ所14番、旧小机領三十三ヶ所10番、武相不動尊20番、浜七福神毘沙門天となっています。

新編武蔵風土記稿による東福寺の縁起

(鶴見村)観音堂
村の西の方小高き所あり。是海道より六丁余も入れり。如意観音にて坐像2尺ばかりなり。又腹籠りに1寸8分の観音あり。是は春日の作と云。堂は5間四方内陣の額に天地感興応とありて、白川少将定信の筆あり。大悲閣の額は備前少将治政の書なり。堂より前には丈余の石階あり。夫を下りて前に仁王門あり。仁王はたけ1丈許にて運慶の作と云傳へり。子安山の額あり、是は出雲少将治郷書なり。此観音は江戸より参詣のものもあり信仰の人少なからず。此堂地は古へ生麦村にありしが、その頃鶴見の村内に寺院なきゆへに此へゆつりしよし。故にこの地は今生麦村の内につつまれて有と土人は傳へたり。縁起に一巻あり。其載る所悉く信用すべからざれば此にとらず。
別当東福寺
仁王門を入て左の方に木戸門あり。是を入て正面に客殿をたつ3間に8間南向なり。子生山と号す。神奈川宿金蔵院の末山、新義真言宗なり。開山は醍醐勝覚僧と云。堀川院の御宇寛治年中当寺を草創して、大冶4年4月朔日寂せり。鐘の銘には大冶年中の草創といへり。その後住持歴代等詳ならず。遥の後賢淳と云僧住せり。此人は慶長5年正月21日寂せりと云。是より連綿と住僧続けり。此賢淳当寺を中興せしにや。
護摩堂。境内に入左の方にあり、5間に3間。不動の立像あり長2尺許
鐘楼。観音堂の左の方にあり。元禄5年の銘あり其文は略せり。(新編武蔵風土記稿より)

東福寺の周辺図


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