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猫の足あと

久成寺。横浜市西区平沼にある日蓮宗寺院

久成寺の概要

日蓮宗寺院の久成寺は、平沼山と号します。久成寺は、明治初年に平沼九兵衛夫人千代子が建立した鬼子母神堂を、明治21年に日蓮宗教会所とし、明治25年には中山法華経寺久成坊を移籍して、日涵が開山となり久成寺と号したといいます。

久成寺
久成寺の概要
山号 平沼山
院号 -
寺号 久成寺
住所 横浜市西区平沼1-20-26
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



久成寺の縁起

久成寺は、明治初年に平沼九兵衛夫人千代子が建立した鬼子母神堂を、明治21年に日蓮宗教会所とし、明治25年には中山法華経寺久成坊を移籍して、日涵が開山となり久成寺と号したといいます。

「横浜西区史」による久成寺の縁起

平沼山久成寺(日蓮宗、本山中山法華経寺
平沼一-二〇-二六。住職佐藤寿応。本尊宗祖大曼荼羅、一塔両尊。明治の初年、平沼九兵衛夫人千代子の発願により鬼子母神堂を建て、明治二十一年にこれを日蓮宗教会所とし、さらに明治二十五年千葉中山法華経寺久成坊を移籍して久成寺とした。開山日涵。日清戦争により神奈川-保土ヶ谷間を直通線路が敷設されることになり、明治二十八年平沼九兵衛の寄進した現在地に移転した。山門前の七字題目塔は、もと暗闇坂刑場にあった慰霊塔を移したものという(「久成寺開創百年記念誌」)。(「横浜西区史」より)

「横浜市史稿 佛寺編」による久成寺の縁起

久成寺
位置及寺格
久成寺は、平沼山と號し、神奈川區平沼町三丁目百三十二番地にある。境内は五百五十坪。大本山中山法華經寺末で、紫金襴五等である。
沿革
法華經寺第十八世日慈の弟子久成坊日寬の開基で、寬永二年、干葉縣東葛飾郡中山村に創立した。明治維新の兵亂に當り、堂字火災に類燒したので、大野宣輪・平沼九兵衞、外信徒が奔走して、明治二十五年七月十一日附の公許を得、西平沼町平沼九兵衞の發願にかゝる敎會所、境内百五十六番地へ移轉建設した。尋いで軍用線として鐵道の敷設せらるゝに會し、明治二十八年附公許を得て、平沼九兵衞寄附にかゝる現境内に移轉建立した。大正十二年九月一日の大震火災に、堂宇が燒失したので、直後假建築を遂げ、以て今日に至つた。
本尊
本尊は一塔兩尊・宗祖日蓮大菩薩。(「横浜市史稿 佛寺編」より)


久成寺の周辺図

参考資料
  • 横浜西区史(西区教育委員会)
  • 「横浜市史稿 佛寺編」



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