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元町嚴島神社|横浜市中区元町の神社

元町嚴島神社の概要

元町嚴島神社は、横浜市中区元町にある嚴島神社です。元町嚴島神社は、横濱厳島神社の御神体が元禄年間に別当寺の増徳院境内に移されたことから、増徳院内に祀られ、杉山辨天と称されていたといいます。明治維新後、元町にあった増徳院境内から分離、元町の鎮守となったといいます。

元町嚴島神社
元町嚴島神社の概要
社号 嚴島神社
祭神 市杵島姫命、多岐理姫命、多岐津姫命
相殿 -
境内社 金毘羅神社、皇太神宮
住所 横浜市中区元町5-208
祭日 -
備考 -



元町嚴島神社の由緒

元町嚴島神社は、横濱厳島神社の御神体が元禄年間に別当寺の増徳院境内に移されたことから、増徳院内に祀られ、杉山辨天と称されていたといいます。明治維新後、元町にあった増徳院境内から分離、元町の鎮守となったといいます。

新編武蔵風土記稿による元町嚴島神社の由緒

(横濱村)辨天社
社地、一丁一段十五歩、洲乾の出洲にあり、土人清水辨天と呼ぶ、、慶安二年社領六石一斗五合の御朱印を賜へり、村の鎮守なり、社中には前立の像のみを置、神體は元禄中より別當増徳院境内假殿に安し、彼所にては杉山辨天と唱ふ、坐像長二尺程、弘法大師の作、此社地は海面に望勝景の地なれば遊客神奈川驛より乗船して至る者多し。 (新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による元町嚴島神社の由緒

往古、伊都岐島神社と称し、横浜村の鎮守として祀られ、中世は増徳院が別当寺であった。(神奈川県神社誌より)

境内掲示による元町嚴島神社の由緒

元町嚴島神社
この神社は、今から約七〇〇年以前より元横浜村洲干島に鎮座していました清水弁天、洲干辨天を、元禄年間に分祀し、元町一丁目の増徳院(真言宗)仮殿にご神体を奉安していました。しかし明治維新の神佛混淆の禁止により増徳院から分離し、嚴島神社として元町一丁目十五番地に社殿を造営、元町の鎮守様となりました。
祭神は、市杵島姫命、多岐理姫命、多岐津姫命、木花開耶毘売命でいずれも女神であります。お社(やしろ)は関東大震災により焼失しましたが、御下賜材により仮殿を建設し、昭和初期には元町五丁目二〇八番地の当地に遷座し再建されました。第二次世界大戦でまたもや灰燼に帰しましたが、昭和三十六年に氏子崇敬者の熱意により鉄筋コンクリートの社殿を建立し今日にいたっています。
元町嚴島神社は、商売繁盛、合格祈願、縁結びの神様でもあり、元村以来の元町の発展興隆の守護神であります。境内には末社として金毘羅神社と、当地の名主であった石川家から寄進された皇太神宮も併祀してあります。(境内掲示より)


元町嚴島神社の周辺図