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猫の足あと

南龍山無量寺。横浜市南区蒔田町にある高野山真言宗寺院

南龍山無量寺の概要

高野山真言宗寺院の無量寺は、南龍山と号します。南龍山無量寺は、鎌倉法師貞暁阿闍梨が承元3年(1209)に創建したといいます。東国八十八ヵ所霊場55番、横浜三十三観世音霊場32番、武相不動尊霊場16番です。

無量寺
無量寺の概要
山号 南龍山
院号 -
寺号 無量寺
住所 横浜市南区蒔田町174
宗派 高野山真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



南龍山無量寺の縁起

南龍山無量寺は、鎌倉法師貞暁阿闍梨が承元3年(1209)に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による南龍山無量寺の縁起

(蒔田村)
無量寺
年貢地、村の中程にあり、古義眞言宗、石川寶生寺末、南龍山と號す、本尊不動を置。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿 佛寺編」による南龍山無量寺の縁起

無量寺
位置
無量寺は、南龍山と號し、中區蒔田町宇山ノ根百七十四番地にある。境内は千餘坪。民有宅地。中村町增德院の末、寺格は十四等で、市内觀音三十三所の第三十二番の靈場である。
沿革
寺傅に據れば、承元三年、鎌倉法師貞暁阿闍梨の開基した所であるが、寛永十年、祝融の災に罹つて、悉く古記錄を失ひ、今、其詳細を傳へぬと云ふが、寛永十年二月十五日議定の關東古義眞言宗本末竝寺領有無帳に、石川寶生寺末、無量寺、寺内御免と見える。舊幕の頃は、寶生寺門徒の中で、中通の格式を占めて居つたが、而かも多くは無住であった。同所の杉山神社も亦、貞暁阿闍梨の創建と傳へられ、當寺は其別當寺として、古來密接不離の關係を有したが、明治維新の際、神佛混淆禁止の爲め、分離するに至つた。明治七年、增德院に轉屬。大正十二年九月一日、大震火災に罹り、本堂桁行六間、梁間四間六分六厘。が燒失したが、次いで今の假堂宇を建てたのである。
本尊
本尊は不動明王の木彫立像、高三尺五寸。脇侍は二童子である。
堂宇
今の堂宇は、本掌・庫裡合造(桁行五間、梁間三間半、單層、四注造、瓦葺。)一宇である。
檀家
檀家は十五戸。
住職世代
開基貞暁阿闍梨。榮辨。元祿八年隱居。
祐識。元祿八年より住持。
秀印。享保の頃住持。
神谷諦辨。
佐伯興人。增德院住職兼務。(「横浜市史稿 佛寺編」より)


南龍山無量寺の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「横浜市史稿 佛寺編」



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