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金蔵院。横浜市神奈川区東神奈川にある真言宗智山派の寺院

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金蔵院の概要

真言宗智山派寺院の金蔵院は、神鏡山東曼陀羅寺と号します。金蔵院は、醍醐三宝院の始祖勝覚僧正が開基となり平安時代末期に創建したといいます。慶長4年(1599)に徳川家康より寺領10石を拝領、多くの末寺を擁する中本寺格の寺院でした。玉川八十八ヶ所霊場3番です。

金蔵院
金蔵院の概要
山号 神鏡山
院号 金蔵院
寺号 東曼陀羅寺
住所 横浜市神奈川区東神奈川1-4-3
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 玉川八十八ヶ所霊場3番、東神奈川熊野神社のもと別当



金蔵院の縁起

金蔵院は、醍醐三宝院の始祖勝覚僧正が開基となり平安時代末期に創建したといいます。慶長4年(1599)に徳川家康より寺領10石を拝領、多くの末寺を擁する中本寺格の寺院でした。

新編武蔵風土記稿による金蔵院の縁起

金蔵院
西側なり。海道へ3間5尺出はりたり、新義真言宗山城醍醐三宝院末なり。神鏡山東曼陀羅寺と号す。寺領10石の御朱印は慶長4年に賜はりし所なり。醍醐三宝院の始祖勝覚僧正の開基なりと云。本尊阿弥陀作しれず、2尺余の立像なり。本堂10間に7間巽向なり。
鐘楼。文化9年の地震に破壊していまだ造営に及ばず。(中略)
寺中。
寶蔵坊。門を入て右にあり、わづかなる寮なり。古は然るべき子院なりしといへり。
熊野三社。本社1間に9尺、拝殿2間半に4間。いづれも巽向なり。古は青木町の中程なる艮の方の丘にありしを、いつの頃十五日より同き十八日までなり。(新編武蔵風土記稿より)

「神奈川区宿歴史の道」掲示による金蔵院の縁起

金蔵院は、京都醍醐三宝院の開祖勝覚僧正により平安末期に創られた古刹である。その後、徳川家康から十石の朱印地を許された。
「金川砂子」のこの図には江戸後期の様子が描かれている。参道は街道まで延び、金蔵院・熊野神社が境内に並び立っている。本堂前には徳川家康の「御手折梅」と称された梅の古木が描かれている。かつては毎年1月に当院の住職が、この梅の一枝をたずさえて登城するのがならわしであったという。(「神奈川区宿歴史の道」掲示より)

金蔵院の周辺図


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