善養寺|豊島区西巣鴨にある天台宗寺院

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薬王山善養寺|江戸三大閻魔

善養寺の概要

天台宗寺院の善養寺は、薬王山延寿院と号します。善養寺は、天長年間(824-833)に上野山内に創立したと伝えられ、上野東叡山寛永寺末です。本堂には高さ約3メートルの江戸三閻魔の一つ木造閻魔王坐像が鎮座しており、おえんまさまの寺として信仰を集めています。

善養寺
善養寺の概要
山号 薬王山
院号 延寿院
寺号 善養寺
住所 豊島区西巣鴨4-8-25
本尊 木像薬師如来像
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 江戸三閻魔の一つ



善養寺の縁起

善養寺は、天長年間(824-833)に上野山内に創立したと伝えられ、上野東叡山寛永寺末です。本堂には高さ約3メートルの江戸三閻魔の一つ木造閻魔王坐像が鎮座しており、おえんまさまの寺として信仰を集めています。

豊島区教育委員会掲示による善養寺の縁起

善養寺は、天長年間(824-833)に開基である慈覚大師が上野山内に創立したと伝えられる天台宗の寺院で、正式には薬王山延寿院善養寺という。東叡山寛永寺の末寺で、本尊は薬師如来像である。
江戸時代の寛文年間(1661-72)に下谷坂本(後の下谷区善養寺町、元台東区上野公園)に移転した後、境内地が鉄道用地の拡張にかかるといいうことで、明治45年に北豊島郡巣鴨村大字巣鴨字庚申塚347番地(現在地)へ移転し、現在に至っている。
本堂には高さ約3メートルの木造閻魔王坐像(豊島区登録有形文化財)が鎮座し、広く信仰を集めていることから「おえんまさまの寺」とも呼ばれ、また、杉並区松ノ木3丁目に所在する華徳院、新宿区新宿2丁目に所在する太宗寺とともに、江戸三閻魔の一つとしても親しまれてきた。
境内には、寛永6年(1629)造立の石燈籠をはじめ、延宝8年(1788)の宝篋印塔、また江戸時代中期に陶工・絵師として活躍した尾形乾山の墓(東京都指定旧跡)やフランスでジュリオ・キュリー教授(キュリー夫人の娘婿)の指導を受けた原子物理学者湯浅年子の墓など、多くの貴重な文化財が残されている。(東京都豊島区教育委員会掲示より)


善養寺所蔵の文化財

  • 木造閻魔王坐像(豊島区登録有形文化財)
  • 尾形乾山の墓(東京都指定旧跡)

善養寺の周辺図