法明寺|豊島区南池袋にある日蓮宗の寺院
法明寺の概要
日蓮宗寺院の法明寺は、威光山と号します。法明寺は、弘仁元年(810)に真言宗威光寺として開創したといわれます。正和元年(1312)に日源が日蓮宗に改宗し威光山法明寺と改称しました。江戸時代には真乗院、蓮光院、玄静院、観静院等14ヶ寺を擁し、また境外堂の鬼子母神堂は、入谷鬼子母神真源寺、中山法華経寺とともに江戸三大鬼子母神として多くの崇敬を集めていました。
| 山号 | 威光山 |
|---|---|
| 院号 | - |
| 寺号 | 法明寺 |
| 住所 | 豊島区南池袋3-18-18 |
| 本尊 | 十界曼荼羅 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 境外堂 | 鬼子母神堂、清土鬼子母神 |
※御朱印はいけみずさんよりの寄贈
法明寺の縁起
法明寺は、弘仁元年(810)に真言宗威光寺として開創したといわれます。正和元年(1312)に日源が日蓮宗に改宗し威光山法明寺と改称しました。江戸時代には真乗院、蓮光院、玄静院、観静院等14ヶ寺を擁す本寺でした。
弘仁元年(810)開創といわれ真言宗威光寺と称す。正和元年(1312)、日源、日蓮宗に改宗、威光山法明寺と寺号を改める。大正12年、関東大震災により本堂倒壊、1932年再興、1945年戦禍により全山焼失、1947年復興事業に着手、1959年本堂、63年に書院、68年には山門、鐘楼堂を再建した。
法明寺の旧末寺・子院
法明寺には、下記14寺を末寺として擁していましたが、顕妙坊、良泉坊、大行院の3院は文政・天保の火災で廃寺となり、江戸末期に本立寺が末寺から離れました。現在、本納寺、真乗院、蓮光院、玄静院、観静院が末寺となっています。
法明寺所蔵の文化財
- 法明寺(東京都指定有形文化財・建造物)
- 小幡景憲の墓(豊島区文化財)
- 豊島氏の墓(豊島区文化財)
- 橘家円喬の墓(豊島区文化財)
- 楠公息女の墓(豊島区文化財)
豊島氏の墓
豊島氏は平安朝の末期から、鎌倉、室町時代にかけてこの辺り、武蔵の地一帯にかけて勢力をもっていた一族であるが、文明10年(1478)太田道灌に攻め落とされた。その生き残りの一族の中で後、徳川氏に仕えて八丈島の代官になった豊島忠次(1643没)を中心にその一族の墓である。
法明寺の周辺図
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法明寺山門
法明寺鐘楼
法明寺安国堂
法明寺客殿
法明寺御朱印
