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圓福寺|西多摩郡瑞穂町箱根ヶ崎にある臨済宗建長寺派寺院

圓福寺の概要

臨済宗建長寺派寺院の圓福寺は、北小山と号します。圓福寺は、福正寺9世梅室和尚(天正15年1587年寂)が開山となり天正元年(1573)に創建、江戸時代には寺領11石の御朱印状を拝領したといいます。

圓福寺
圓福寺の概要
山号 北小山
院号 -
寺号 圓福寺
住所 西多摩郡瑞穂町箱根ヶ崎132
宗派 臨済宗建長寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



圓福寺の縁起

圓福寺は、福正寺9世梅室和尚(天正15年1587年寂)が開山となり天正元年(1573)に創建、江戸時代には寺領11石の御朱印状を拝領したといいます。

新編武蔵風土記稿による圓福寺の縁起

(箱根ヶ崎村)圓福寺
除地、三百坪、北小山と號す、臨済宗、郡内柴崎村普濟寺の末、御朱印寺領十一石餘、天正元年の草創にて、開山梅室は同く十五年十一月廿八日示寂せりと、當寺に甲陽の臣加藤丹後守景忠、并に其人の室及び息次郎左衛門尉信景の數十字を書せる位牌あり、則これらの人天正十年四月十二日、ここにて自害せしよし、墳墓も残れり、本堂八間半に七間、本尊は薬師の坐像、一尺五寸許、厨子入りて安せり、門を入て左の方本尊の前に鐘楼あり、新鋳の鐘を掛たり、もとより銘は考證とするに由なければのせず、表門の前に石階あり、幅はわづかに一間許、當寺元は郡内石畑村にありしよし、今石畑村に圓福寺前をいへる耕地の字、及び其邊わづかなる堀に架せる橋は、當寺の山號を呼びて北小橋と稱せり、かく當寺の山號寺號までを字となしたれば、いかさま元はそこにありしなるべし、さはあれどここへ移りし年歴は傳へず。
寺寶
甲冑太刀。共に加藤丹後守景忠の持たりしものにて、太刀は鍋割と稱せるよし、中心に文字見ゆれど定かによみ得ず。此外にも甲冑。弓箭・長刀・太刀などあり。
塔頭徳寶院。門を入て右の方。(新編武蔵風土記稿より)


圓福寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿