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元狭山神社|西多摩郡瑞穂町駒形富士山の神社

元狭山神社の概要

元狭山神社は、西多摩郡瑞穂町駒形富士山にある神社です。元狭山神社は、入間郡元狭山村にあった駒形鎮座駒形神社、高根鎮座高根神社、駒形富士山鎮座八雲神社、富士山栗原新田鎮座、子安神社を中央に移転合祀、大正七年社号を元狭山神社としたといいます。

元狭山神社
元狭山神社の概要
社号 元狭山神社
祭神 素戔嗚尊、木花咲耶姫命、日本武尊
相殿 駒形神、稲田姫命、大己貴命、綿津見豊玉姫命、軻遇槌命、菊理媛命、伊弉諾尊、伊弉冊存、倉稲魂命、天照大御神、味鉏(金へんに且)高彦根命、大山祇命、加古槌命、建御名方神
境内社 -
住所 西多摩郡瑞穂町駒形富士山609
祭日 -
備考 -



元狭山神社の由緒

元狭山神社は、入間郡元狭山村にあった駒形鎮座駒形神社、高根鎮座高根神社、駒形富士山鎮座八雲神社、富士山栗原新田鎮座、子安神社を中央に移転合祀、大正七年社号を元狭山神社としたといいます。

新編武蔵風土記稿による元狭山神社の由緒

(富士山村)
稲荷社
村の産神なり、村持
(富士山栗原新田)
子安権現社
村の鎮守なり、村持なり。
-
八幡社
村持
(高根村)
(元狭山)高根明神社
村の鎮守にて祭神は木花咲耶姫神なり、村の持なり。
末社。山王社、天王社。
-
愛宕社
神明社
-
三祇明神社
神職兼栗原大和持、北野天神社家なり。(新編武蔵風土記稿より)

「瑞穂町史」による元狭山神社の由緒

元狭山神社(駒形富士山字小ハケ609)
素戔嗚尊、木花咲耶姫命、日本武尊
大正七年高根神社、駒形神社、富士山の八雲神社、栗原の子安神社を合祀して新たに元狭山神社を創建する、この時本殿は富士山の八雲神社(天王様)のもの、拝殿は駒形神社のものを移築したという。
(廃社駒形神社)
天正年中再造営というもそれ以前のことはわからない。地頭大田氏の尊崇を受けて除地四反七畝九歩を授与さる。明治五年村社の指定を受ける、駒形という社名の起源について、江戸時代の社記に古き葦毛の木馬像二つあり故に駒形というとあり又神社のある小高い連丘を駒形山と云い、神様は本来氷川神社であるので駒形山氷川明神と称して来たとも書いてある。大正七年元狭山神社を創建合祀された。
(廃社高根神社)
創建年代不詳、もと高根明神と称す、旧高根村の鎮守、大正七年元狭山神社に合祀。
(廃社神明神社)
(廃社八雲神社)
創逮年月不詳、富士山村の鎮守で、明治五年村社に列せられ、大正七年元狭山神社の創建に当り駒形・高根・栗原の旧村鎮守と共に神寄せ合祀され社殿は廃された。
(廃社子安神社)
享保年代栗原新田の鎮守として成木村の子安神社を勧請分祀したものである。明治五年村社に列せられたが、大正七年元狭山神社の創建と共に合祀社殿は廃された。(「瑞穂町史」より)

「東京都神社名鑑」による元狭山神社の由緒

当社は、埼玉県入間郡元狭山村の四つの村落にあった次の四社を中央に移転合祀、大正七年社号を元狭山神社と改めた。イ)駒形鎮座、駒形神社。社に木造葦毛の駒二頭馬舎に存し、数百年以前のものといわれ、現在他所に残されている。駒形の地名はこれによるとも、或いは地形が駒の形に似ているからともいわれる。江戸時代より明治時代まで馬市で社頭賑わう。ロ)高根鎮座、高根神社。永正二年(一五〇五)九月十九日創建。高根大明神と称した。ハ)駒形富士山鎮座、八雲神社。古老の伝えに、宝永五年(一七〇八)の創建といわれる。二)富士山栗原新田鎮座、子安神社、創立不詳。この社は蛇骨を祀って神宝となすとも伝えられるが、現在は一農家に伝存されている。なお、元狭山神社氏子区域はイよりロハニと開拓されていったので、イの社が最も古く、現在拝殿となっているのがそれで、永正(一五〇四-二一)以前創建。(「東京都神社名鑑」より)


元狭山神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 瑞穂町史
  • 東京都神社名鑑